2011年3月17日木曜日

とりあえず帰国しました。

とりあえず昨日台湾から帰国しました。

台湾に行っていた約一ヶ月。
楽しいことばっかり笑ってばっかりで
腹筋が割れるのかと思いきや
美味いもの食べすぎて
お腹も顔も逆に大きくなって帰ってきました。

地震のことはレストラン兼民宿みたいな所にチェックインするときに
身振り手振りで教えてくれました。

「日本、地震、家族大丈夫?」

携帯をすぐに貸してくれて家族に連絡を取らせてもらいました。
家族はとりあえず大丈夫で、一緒に居た彼女の家族も大丈夫でした。

台湾でも11日からずっと日本のニュースを流し続けていました。
でも北京語の意味がわからずとにかく東北が津波でヤバい。原発もヤバい。

ということだけを認識して
日本に帰ってきました。

台湾の楽しい余韻に浸る間もなく、
事の大きさを知りパニックが今も続いています。

とりあえずリヤカーの旅4月3日の出発を予定していましたが、
延期することにしました。

3月19日の卒業祝いパーティーは中止に、
および3月20日のフリーマーケットもこの事態なので中止にさせていただきます。


僕は今、放射能を逃れるために名古屋にいます。
妹は東京で働いています。
彼女も家族と関東にいます。
関東に友達がたくさんまだいます。
なにより福島に友達がいます。

僕は事実を知ったとたん
恥ずかしい話ですが腰が抜けて
すぐに逃げることを考えました。
放射線から逃げるためとにかく西へ…
放射線を浴びるということは
いつ爆発するのかわからない時限爆弾を
身体にため込むようなものです。

「すぐに影響が出る値ではない」

それはそうです。
でも浴びても影響がないから
大丈夫というものでもありません。

危険性に気付いている人たちは
どんどん避難しています。

沖縄へ、広島へ、神戸へ、京都へ…
仕事を辞めて逃げています。

名古屋でよければうちに来て下さい。

山の撮影でめちゃくちゃお世話になったNHKの人達も
命の危険の中、最前線で仕事をされていると思います。

これ以上原子力発電所による被害が出ないように仕事をして下さっている
現場で働いている、自衛隊や警察、消防隊の方、本当にありがとうございます。

ただ心配です。

僕はこのまま逃げて終わりでは決してありません。

福島に友達がいます。
愛する人がいます。
子どもも欲しいです。

この状況。
どうにかします。