2011年5月8日日曜日

ボランティアについての今思うこと

過去にこんな記事を書きました。

「友達からの質問について」
http://shibaken612.blogspot.com/2011/04/blog-post_3516.html

このブログの中で
ちこさんという方からとても考えさせられるコメントを頂きました。

そのコメントへの僕の返信で
またマヨカラで大変お世話になったテレビのディレクターの方からも連絡がありました。

そのことを踏まえて今の気持ちの覚書をしておきたいと思っています。




ボランティア。
人のために何かしたいという気持ち。
それを行動に移すということ。

人のためを思うその純粋な気持ちはそれだけで伝わります。
是非その気持ちを行動で示して欲しいと思っています。

手段はいくらでもあると思います。

その場所に行かなくても間接的な手段として
義援金を送ること
物資を送ること
祈ること

実際に行ける人は直接
体力のある人は泥をかいたり
技術のある人はマッサージをしたり
料理ができる人は炊き出しをしたり

「何かできることはありませんか」
と直接聞いてみてもよいと思います。

何より大事なのはその「誰かのために何かしたいという気持ち」だと僕は思います。

例えば早朝に東京を出発して新幹線で東北につく。
日中泥掃きをして夕方には帰る。
実質3時間の作業のために往復5万円かかったとします。

その話を聞いた被災者の反応は
さまざまでしょう。

あなたはどう思いますか?

「そんな3時間のために来るんだったらその5万円を義援金に回してくれたらよかったのに」

「そんな3時間しかいない人にいちいち説明して覚える頃にはもう帰っちゃうなんてかえって迷惑だ」

「たった3時間しかいられないのにわざわざ東京からボランティアしに来てくれるなんて、ありがとう」




なにか人のために行動しようとしても
誰かの迷惑になってしまうことは大いにあり得ることです。

でもそれを怖れていてばかりでは誰かのために行動することのブレーキにしかなりません。

だからと言って「行けばどうにかなる」だとか「誰かが助けてくれる」という気持ちで行くのは筋が違います。もちろんどうにかなるし、みんなあなたのことを助けてくれるでしょう。でもそれをあてにしていくのはボランティアとは言えないと思います。「自分でどうにかする」「誰かを助けにいく」というそもそものスタンスが前提です。

ボランティアのプロジェクトの途中で
どうしても抜けなければならない時があるかもしれません。
ボランティアは無給ですが責任がないというわけではありません。

引き継ぎをしたり代役を立てたり
プロジェクトが終わるまでその場にとどまるということも必要になるかもしれません。
「自分がいなくなってもどうにかなる」ではなく「自分がいなくなった後のこともどうにかする」のがボランティアのスタンスだと思います。



最初に戻ります。
ボランティアは「誰かのために何かしたいという気持ちと行動」

何かしたいと思う中でかけてしまう迷惑や、病気、間違いもあるでしょう。
それは起きてしまえばどうしようもないことです。

問題は迷惑や病気や間違ってしまうことではありません。
どうしてそのような状態になってしまったのか考えることが大切であり、
準備と努力が足りなかったことが問題なのです。

そして迷惑などかけてしまった後
それ以上に何か気持ちと行動で貢献していくことがボランティアだと思います。

例えば100迷惑かけてしまったら500返せばよい。

200迷惑かけてしまったら1000返せばよい。

「迷惑をかける人は来なくていい」という考えは非常に短絡的だと思います。

もし結果的に
「100迷惑をかけて10しか貢献できなかった」という人も中にはいるかもしれません。
でもそういう人は次のボランティアで10000の働きをしたらよいと思うんです。
一度で結果を出せた方がもちろん良いですが、それができない時もあるのです。


何も恐れる必要はありません。
「誰かのために何かしたいという気持ち」を
あなたのできうる最大限の準備と体調管理と努力で行動に移して欲しいと思っています。