2011年9月8日木曜日

ボランティアから見る障害時の余暇活動(過去日記)※長文

過去にmixiにアップしたものをブログに記録しておきます。
4年前はこういうことをしていました。

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小学校4年生から6年生までの子どもたち120人が、廃校に4日間泊まる。指導員7人、ボランティア2人、現地スタッフ5~8人で、決まったプログラムはなし。起床時間なし。カブトムシやその他の虫もたくさんいるような周りは自然溢れる山の中。決まっているのは、朝食、夕食、消灯の時間のみ(就寝は何時でも良い)。

 私の担当の児童は小学校6年生のT君、移動は車椅子で手はある程度使えるが、十分ではない。小学校4年生の弟もこのキャンプに来ていて、T君の手伝いを時々してくれる。

○私にとっての4日間と私が考えるT君にとっての4日間

 私は軽度発達障害の子や、肢体不自由の子とできるだけ多く関わるように常日頃心がけているので何度か一緒に活動した子といることにはだいぶ慣れてきたのだが、今回の子は初対面なのでどうやって接したらよいのか、何を大切にしているのか(価値観)がつかめない。そのようなことに気をつけながら、それだけではなくなるべく他の子と同じ働きかけをしていくということが大切だと思う。例えば子どもに対するちょっとしたイジワル(あそび)は子どもと関わる上で大変大切なものになることは経験として感じている。

 T君にとって知らない人にお世話されながら一日中生活することになるので精神的にとても大変なことであり、それが4日間も続くとあれば今度は体力的にも問題が出てくるのではないか、という心配もある。だが知らない人に介助してもらうこともこれから大いにあると思うので、この4日間がT君にとって家族以外の人と生活し、最終的に少しでも自信になればよいと思う。そのようなこととは別に、長期間親と離れて自然の中で、友達同士で遊び、話し合い、みんなで泊まる体験というのは余暇活動の醍醐味といえるだろう。

○T君との遊び

 T君といろいろ遊んだ。最初はくすぐったり、腕や足をつんつんしたりすると喜んでくれた。笑顔がとてもかわいい。自分から関わることが苦手な子との遊びや、お互いの信頼感を高めるにはスキンシップがとても大切だということは今までの経験からわかっていたのでうまくできた。しかしそれからどうやって遊んだらよいのかわからなかったのだが、指導員の関わり方を見ながら少しずつ学んでいった。まず車椅子の扱いはそんなに神経質にならなくても良いのだと感じた。「ウィリー」といいながら前輪を上げて走る。坂を駆け下りる。「いいんですか?」と思うような遊び方だった。でもT君はすごく楽しそうで、周りのみんなも羨ましそうにしていた。足が自由でなくても、当たり前だがやはり子どもは子どもなのだからこれくらいの遊びがちょうど良いのだ。もちろん安全に細心の注意を払うのは言うまでもないが、神経質になりすぎてあれこれ制限をしていたらT君がかわいそうだなと感じた。

○ストレスがたまっていく…

・トイレ
 T君は移動が自分ではできないので集合場所の体育館、ステージの上の自分達の部屋やグラウンドへの全ての移動に介助が必要である。階段などもあってそれぞれの移動が大変であったが、それは廃校がバリアフリーでないのが悪い。T君はしっかり喋れる子なので「こうして欲しい」ということを明確に伝えてくれるので私は大変助かっていた。だがトイレも1人ではできず毎回介助を必要とするので私が不慣れなことに加えて要領も悪いので、T君の不快感が募っていく。

・食器洗い
さらにT君は集団生活での慣れない生活を続けていくと、今まで自分でやっていた食器洗いなども「やりたくないからやって」となった。私はここで甘えさせてはいけないと思い、T君が自分でもできていたことなのでやらなかった。結局自分で水洗いをしたのだが、拭かずに食器袋にしまうことになった。

・偏食
 ご飯の配膳はいつも私がやるのだが野菜の嫌いなT君に少しずつよそってきて、それを始めはしぶしぶ食べていたのだが3日目の夜になってT君は「野菜を食べたくない」という。お節介であるがそういうT君のお皿に野菜をほんの少しのせて持っていった。そうしたら突然泣かれてしまった。他の子にも「しばけんが泣かせた」とはやしたてられ、私はそこでうろたえてしまって、「ごめんね。野菜は戻してくるね」と対応してその場は収まった。だが焼肉も「しょっぱくて食べない」といって残した。

・私のストレス
私は他のいろいろな子とも、遊びたかったし、どんなことを考えているのかということも知りたかった。なので今回、十分にその目的は果たされないのだという思いが募っていった。また二日目の午後あたりから、「早く帰りたい」と言うので、私に責任があると思って落ち込んだ。また雰囲気で何を欲しているのかも少しはわかるようになってきたのだが、もしわかったとしてもT君の期待しているであろう行動はしなかった。それは他の子どもたちに向き合う時も一緒で、どうして欲しいかを言わないと私は自分のしたいことしかしない。子どもが受身にならないよう、自主性を高めるためである。だがそれがT君の「こうすればいいじゃん」とか「なんでこうしないの」というように言葉を少し高圧的にさせたのだろうか。私は少しムカッとしてしまった。

○同じ部屋の子ども達との遊び

・鬼ごっこ
 4年生の子どもたちと体育館で鬼ごっこをすることになったが、なかなかT君が鬼になったときに僕が全速力で押しても誰も捕まえられない。しょうがないので「みんなケンケンでやろう」と私が言ったのが良くなかったのか。今度は高いところにT君が上って行けないことを知ってステージに上って行くし、そのうちケンケンもしなくなってしまうし。このような柔軟な発想というか「それはなしでしょ」と思うことを平気でやるのは子どもならではのことなので、しょうがないのだが、T君は更に不満そうにしていた。ならばどういうことができたかと考えてみると、子どもに「どうしたらT君と一緒に遊べるか」を考えさせて決めていればもう少しルールを守りT君も楽しく遊べたのではないかと思う。子どもたちはT君の足が不自由なことを当たり前というか、配慮が必要ということは理解しているので案外スムーズに話し合われたのではないのかと思う。ステージに上った子も「こっちまでおいで」などとからかうことは全くなく、ただ鬼になりたくないという一心だったのではないかと感じた。

・にらめっこ
 T君は面白いことがあれば笑ったり、嫌なことがあれば悲しそうな顔をしたりするが、基本的には表情はあまり豊かではない。だけどそんなT君とにらめっこをしたら、とても面白かった。普段とは全然違う顔をして、周りのみんなも大爆笑であった。そこで、周りにいるみんなを集めて「にらめっこ選手権をやろう」と声をかけて、トーナメント戦を行ったのだがやはりT君が優勝した。4日間一緒にいたのだがこの時が一番良い笑顔だったのではないかと思う。T君は優勝のコメントで「みんなまだまだだね」とまた満面の笑みを見せた。

○4日間を振り返って

 今回は本当にしんどかった。障害児であっても、ほかの子と同じように自然に接することができなければ、子どもも私も疲れてしまうということをあらためて感じた。大学に入るまで同じ学年にそういう子どもがいなかったからかどうか理由はわからないが、頭では普通に接すればよいと思っているのだが、やはり心のどこかで特別視してしまい、遠慮して気を使ったりしているのではないかという感覚がある。そのように考えると、この子達が小学校のうちから一緒に遊んだり宿泊体験をするということは、障害児としてではなく身近な友達として、T君を見ることができるようになるのではないかと思った。

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