2012年3月24日土曜日

原発都民投票

僕は事故が起こる前から「原発やだなぁ」
という思いを持って、いろんな活動してきた。

でもでも。
地震が起こり、人類史上最悪の原発事故が起こってしまった。

僕は絶望し、やりたいことを全部やめて、
デモに行き、電力会社に抗議に行き、勉強会に行った。

それでも思うように変わっていかなかった。

そんな日本にも日本人にもまた絶望し、
もはや日本を離れる覚悟をしていた時に出会ったのが
どっきょだった。

彼が本気で勧めてくれたアクション。
「原発都民投票」

「反対運動」じゃないやり方で、
原発についての方向性を決めていくことができる。

こんな方法があったのか!

僕は目が覚めたかのようだった。
原発都民投票にのめり込み。
ほぼ毎日渋谷に立ち続けた。

雨の日も風の日も雪の日もカイロを身体中に張り付けて。

「原発について賛成意見も反対意見も出し合って、
みんなで考えてみんなで決めていきませんか?」

と毎日同じフレーズを繰り返した。
配ったチラシをその場でくしゃくしゃにされたり、
知らないおじさんにいきなり怒鳴られたり、
マイクを蹴られたり、警察に注意されたり…

それでも毎日が本当に楽しかった。

署名を集めて。

イベントやったり。

事務所作業したり。

みんなたくさん応援に来てくれた。


本当にみんなありがとう。



反対の声を大きくする活動ももちろん続けるけれど、
「民主主義」という切り口で「脱原発」を訴えるなんてドラマだ。

「原発をこれからどうするか」という机にみんなで座って。
みんなで考えて、そしてみんなで決める。

もしそうやって自分たちで決められるなら、
マスコミをうのみにするだけじゃなくて、
本当のことを知りたいと思うはずだ。
そして原発について責任持つと思う。


僕と同じように「脱原発」の理想を持っている人でも
「負けたらどうするんだ!」なんて言う人がいるけど
「じゃあ誰が決めるべきだと思いますか?」と問いたい。

もし万が一、都民投票で原発賛成多数だったらそれでもいい。
だって投票によって決まったんだもの。
民主主義だもの。

「何となく続いていく原発」と「私たち一人ひとりが決めた原発」は訳が違う。
「私たちは、原発を続けたければ続けられる。やめたければやめられる。」
これが民主主義だと思う。

原発の問題は設置される市町村だけの問題じゃない。
日本だけの問題じゃない。地球規模の問題だと思う。

電気の恩恵を受けているのは僕たち。
そして事故が起きた時に被害を受けてしまうのも僕たち。
だから原発のこと、僕たちで、考えて、決めたい。

2012年3月12日月曜日

【映画】「3.11 日常」見に来ませんか?




「シンプルで素直な作りながら3.11以降の情報カオスに対し確かな肉声を放つ方々の存在と言葉の映画への定着は頼もしく貴重な限りです」
石井岳龍(映画監督/「狂い咲きサンダーロード」「生きてるものはいないのか」)

「あの日を境に、日本が、いや、世界がいかに一変してしまったかということに、今一度自覚的になり、決して慣れたりせず、そして変わってしまった世界で生き抜く為にも、観ておくべき映画だと、俺は思う。こんな世界でも幸せに生きることが、きっとできる」
ケラリーノ・サンドロヴィッチ

【映画】「3.11日常」 http://a-shibuya.jp/archives/2658


3月10日~16日の金曜日までオーディトリウム渋谷で行っています。

今日はどっきょと一緒に上映後のトークゲストとして
呼んでいただいています。

僕の冷やかしでもいいので
見に来ていただければ嬉しいです。

ってか僕自身
まだこの映画見たことありませんので、
今日この映画を見ることをとても楽しみにしています。

しばけん

2012年3月10日土曜日

原発都民投票最終日。byあべちゃん

あべちゃんがアップしてくれていました。

原発都民投票2月9日最終日!





【しばけん】

2012年3月3日土曜日

サプライズはどこからとなく。

僕の好きな居酒屋「魚串炙縁」はいつも何か驚かされるお店だ。

かわいいビールもそうだ。

2012年3月1日木曜日

「ぼくとお父さんのおべんとうばこ」

彼女が「ブログを書いて」と言ったから。
今日はブログ記念日w

普段は「原発都民投票」の方で
ブログを書いています。

さっき超泣いた。
小学生の作文。

http://clione.cocolog-nifty.com/clione/2010/11/father-lunch-bo.html

元ネタ。

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
 おとうさんがびょうきでなくなってから三年、ぼくは小学一年生になりました。

 おとうさんにほうこくがあります。きっとみてくれているとおもうけど、ぼくはおとうさんのおべんとうばこをかりました。

 ぼくは、きのうのことをおもいだすたびにむねがドキドキします。

 ぼくのおべんとうばことはしがあたって、すてきなおとがきこえました。きのうのおべんとうは、とくべつでした。まだ十じだというのに、おべんとうのことばかりかんがえてしまいました。

 なぜきのうのおべんとうがとくべつかというと、それはおとうさんのおべんとうばこをはじめてつかったからです。おとうさんがいなくなって、ぼくはとてもさみしくてかなしかったです。

 おとうさんのおしごとは、てんぷらやさんでした。おとうさんのあげたてんぷらはせかい一おいしかったです。ぼくがたべにいくと、いつもこっそり、ぼくだけにぼくの大すきなエビのてんぷらをたくさんあげてくれました。そんなとき、ぼくはなんだかぼくだけがとくべつなきがしてとてもうれしかったです。あれからたくさんたべて空手もがんばっているのでいままでつかっていたおべんとうばこではたりなくなってきました。

 「大きいおべんとうにしてほしい」

 とぼくがいうと、おかあさんがとだなのおくからおとうさんがいつもしごとのときにもっていっていたおべんとうばこを出してきてくれました。

 「ちょっとゆうくんには、大きすぎるけどたべれるかな」

 といいました。でもぼくはおとうさんのおべんとうばこをつかわせてもらうことになったのです。

 そしてあさからまちにまったおべんとうのじかん。ぼくはぜんぶたべることができました。たべたらなんだかおとうさんみたいに、つよくてやさしい人になれたきがして、おとうさんにあいたくなりました。いまおもいだしてもドキドキするくらいうれしくておいしいとくべつなおべんとうでした。

 もし、かみさまにおねがいができるなら、もういちどおとうさんと、おかあさんと、ぼくといもうととみんなでくらしたいです。でもおとうさんは、いつも空の上からぼくたちをみまもってくれています。

 おとうさんがいなくて、さみしいけれど、ぼくがかぞくの中で一人の男の子だから、おとうさんのかわりに、おかあさんといもうとをまもっていきます。おとうさんのおべんとうばこでしっかりごはんをたべて、もっともっとつよくて、やさしい男の子になります。

 おとうさん、おべんとうばこをかしてくれてありがとうございます。

★★★★★★★★★★★★★★★★★

あぁ。
涙止まらん。