2012年7月11日水曜日

「生活者通信」に載せていただいています。

こんな方法があったのか!

大芝健太郎



僕は事故が起こる前から「原発やだなぁ」という思いを持って活動してきた。でもでも。
地震が起こり、人類史上最悪の原発事故が起こってしまった。僕は絶望し、やりたいことをみんな保留して、デモに行き、電力会社に抗議に行き、勉強会に行った。それでも思うように変わっていかなかった。もはや日本を離れる覚悟をしていたその時に出会ったのが「原発」都民投票だった。
「反対運動」じゃないやり方で、原発についての方向性を決めていくことができる。こんな方法があったのか!

それから僕はほぼ毎日渋谷に立ち続けた。雨の日も、風の日も、雪の日もカイロを身体中に張りつけて「原発について賛成意見も反対意見も出し合って、みんなで考えて、みんなで決めていきませんか?」と毎日繰り返した。チラシをその場でくしゃくしゃにされたり、拡声器をけられたり、警察に注意されたりした。

それでも毎日が本当に楽しかった。それは同じ思いを持った仲間と一緒だったから。さらに多くの仲間と出会える活動だから。「私たちは、原発を続けたければ続けられる。やめたければやめられる」そんなに本をつくれるから


生活者通信 2012年 4月号 
http://www.seikatsusha.net/back/item/1173175000/1335254447.html