2012年9月29日土曜日

おまつの池

子どもに「めっちゃきれいじゃない?」って言ってもいまいち伝わってない感じ。この風景を美しいと思うのはなぜだろうか。

2012年9月28日金曜日

さつまいも。

みんなで掘って、みんなで焼き芋しました。

全然ブログ更新できなくてすいません。

新潟で子ども達と奮闘中です。

2012年9月23日日曜日

すがすがしい朝に思う。

チャンピオンよりもチャレンジャーでありたい。

チャンピオンになってもチャレンジしていきたい。

2012年9月21日金曜日

正しさを超える

何が正しいのかわからない。子どもの世界と自分の世界を比べて、どっちの方がより良い未来が描けるのかを考える。斬新すぎる発想の連続で、僕の世界を作っては壊す。

写真は子ども達が手で刈ってはざがけして、天日干ししているところです。

本当は子ども達の写真をいっぱい載せたいけども。学校の都合でできません。

2012年9月16日日曜日

登ったはいいけど降りられない

ピースしてるけどそんな余裕はない。

怒られることがわかっていても、やりたいことはやるよ。
迷惑をかけてしまうことがわかっていても、行きたいところには行くよ。

だからいつも
いっぱい怒られて、
いっぱい迷惑をかけてしまうけど、
それ以上に、人を笑顔に。
それ以上に人のためにできることをしようと思っています。

2012年9月13日木曜日

あべちゃん。

シャイなんだかお調子者なんだか、
性格がいまいちつかめないんだけど。

なんかめっちゃ熱いのに茶化したり、
最後なのにこうやって変な顔したりするから
わけわかんないなぁ

でも、
カヌーが好きで、
人が好きで、
文章を書くのが好き。
それはすげー伝わってきた。

不器用だけど
好きなものにまっすぐに
向かってる。

彼もライターの道を目指してるみたい。
友達であり、
ライバルであり、
大好きな男だ。

会いに行って良かった。
あべちゃんありがとう。

彼のブログ
http://rarirurei1024.blogspot.jp/

彼のロングインタビューも撮ったから
またアップしますね。

2012年9月12日水曜日

カチョカバロ

僕は牛乳はほとんど飲みませんが、チーズは大好き。

カチョカバロは変わった形をしていますが、味は割と正統派です。上と下で、味が違うのも楽しめます。

その牧場で作られたチーズをその牧場で食べられるという贅沢。

もう明日には東京に帰ります。

2012年9月11日火曜日

幸福駅到着

幸福はいつまで待っていても訪れないけれど、

こちらから訪れるならば、いつまでも幸福は待っていてくれる。

2012年9月8日土曜日

最果ての地で。

日本最北端の町
稚内。

今日の夕飯どこにしようかと思ってフラフラ歩いていると、

道路脇でかわいい女の子2人を見つけた。

通り過ぎたんだけど、

振り返る。

まだいる。
声をかけようか悩む。


声をかける。
「どっかお店さがしてるの?」

って感じで一緒にご飯食べてお酒飲みました。

京都の女の子二人組!

2012年9月7日金曜日

雨がやむ瞬間。

北海道をドライブ。
ずっと雨だったけれど、いつかやむだろう
と思っていた。

雨はやんだ。
劇的な美しさ。俺は忘れない。

雨はやんだ。

2012年9月5日水曜日

北海道行ってきます。

荷物少なっ!

2012年9月4日火曜日

底上げ米、収穫祭だー!!!

僕らで植えた無農薬米!
何度も通って草取りをした茂木!
ついに収穫の時を迎えました!

みんなでレッツ稲刈り!
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底上げ稲刈りツアー!
〜栃木県茂木町の東北支援の棚田の収穫!
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底上げ米、収穫祭だー!!!

田植えから始まり、雑草取りで何度も茂木町に訪れて、
いつの間にか『底上げ農業ガール』になっていた、めいです!!

土と水しかなかった風景に、みんなの手で植えた小さな稲たちは
草取りに来てくれた、たくさんの仲間たちの愛情を受けて
無事実りの時期を迎えることができました!

自然とたわむれるのが好きなあなたも
いろんな人と関わるのが好きなあなたも
稲刈りをしてみたいあなたも
今回、初参加のあなたも

お米を通して、自然を、日本を感じよう!!!!

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【日にち】
2012年9月23日(日)

【集合時間】
AM7:20
※7:30出発なので、遅れないようにお願いします。

【集合場所】
東京駅八重洲中央口を出て、大通りを左方面へ約50m最初の信号下に集合
※googleマップ http://goo.gl/maps/ohPYP

【交通手段】
バスをチャーターするので、基本バスですが、
車も数台出す予定なので、車になる場合もあります。

【プログラム】
7:30    東京駅出発 (バス or 車)
10:00 棚田の稲刈り、ハザ掛け作業
12:30 田んぼでおむすびと味噌汁の昼食
14:00頃 栃木県茂木町解散
17:00頃 東京駅解散

【参加費用】
2000円(交通費、昼食代)

【服装・持ち物】
田んぼ作業ができる(汚れても良い)服装。
あれば、長靴。着替え、飲み物必須。
※鎌などの道具は用意します。

【定員】
30名くらい
【予約方法】
バス乗れないことになってしまわないように、
こちらの予約フォームにて早めに予約して下さい。
【車を出せる方、募集中!】
車を出せる方を募集しております!
もし、可能な方がいましたら、予約フォームにてお知らせ下さい。

【告知の動画!】


【問い合わせ先】
古瀬正也(まーぼー)

【主催】
NPO底上げ×NPOメダカのがっこう
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僕はこの日、長野の別の田んぼで稲刈りしてます。
行けなくてめちゃくちゃ残念まくり。><。。。。
僕の分までみんな楽しんできてね!

2012年9月3日月曜日

「元気ですか?僕は元気です。」大東教育学科のみなさんへ



「元気ですか?僕は元気です。」
20103
文学部教育学科卒業
大芝健太郎

大東教育学科の皆さん、こんにちは。大学時代は「しば」と呼ばれていました。お世話になった先生や先輩、普段会えない同級生のみんな、そして愛すべき後輩へ、手紙を書いているような気持ちでこの文章を書いています。

大学を卒業して3年目。僕は今フリーライターをしています。主な記事は原発のこと。原発の是非を住民投票、国民投票で決めようという市民運動の内側に入って、お手伝いをしながら記事を書いています。フリーライターと言ってもそれだけでは全然食べていけなくて、いまだに小学校の引率のバイトをしています。先生ではないけれど、やっぱり子どもとどこかでつながっていたいという気持ちは消えてないみたいです。

大学入学後すぐのことです。ある先生が僕たちにこんな話をしてくれました。「私は大東の学生が大好きです。高校時代に熱中することがあって勉強はあまりできなかったような学生が多い。だから勉強のできない人の気持ちもわかるし、何かに打ち込む喜びも知っている素敵な先生になれる。」第一志望が違う大学だった僕は、この話を聞いて大東に入れたことを誇らしく思ったことを今でもよく覚えています。

実際に大体は、僕と同じように勉強は好きではなかった気がしますが、みんなそれぞれに特技がありました。それはサッカーだったり、ダンスだったり、場を盛り上げるセンスだったり。そんなみんなとの在学中の思い出を挙げ始めたらキリがありません。最後のコンサートでのメダカの学校賞。運営委員会での3年間。ゼミをさぼりすぎて辞めさせられそうになったけれど、みんなと卒論を書きあげられたこと。

「ものすごくうるさくて、ありえないほど近い」こんなタイトルの映画がありましたね。僕は映画の内容は知りませんが、教育学科を思い出します。大合宿や球技大会、ものすごく騒ぐし、大学なのに授業はクラス単位で、噂はありえないほど早く広まるし、でもそれだけ近くにお互いを感じられていたのが教育学科のよいところではないかと思います。

最後に現役の学生さんに質問を1つ。「今しかできないことに追われていませんか?」よく「学生限定」だとか、「若いうちしかできない」とか「新卒での就職」もそうです。そこで一度立ち止まって考えてほしいんです。それはあなたが本当にやりたいことなのか。何度も学生になる人もいるし、新卒で就職しても離職率が3割というのが現実です。だけど「今」という瞬間は二度訪れたりしないし、身体は二つにならない。だからこそ「今、あなたがやりたいこと」を追い求めてほしい。

こんな言葉を自分にも言い聞かせつつ締めくくりたいと思います。
ありがとうございました。

2012.9.3

2012年9月2日日曜日

「シェーナウの想い」を見に行きます。

映画でも見たいと思っていた矢先。見つけました。

今日はずっとずっと見たかった映画「シェーナウの想い」を見に行きます。
フェイスブックからの申し込み http://ow.ly/dp3Im

シェーナウの想い。
ドイツで原発に頼らずに
電力会社を作った町のドキュメンタリーです。


予告編↓




出掛けられない人でも一応こちらで
3分の1ほどは見れます。でも消去されるかもしれません。お早目に。


http://youtu.be/QPgUskB9L4I

http://youtu.be/cpu8yJ-p2j0

③以降は見つかりませんでした。
前はあったのに。




2012年9月1日土曜日

100歳の僕から24歳の僕に宛てた手紙



2年前に書いた文章が出てきました。

今となっては内容が違ってきている話もありますが
何も編集せずにアップしたいと思います。

 
郵便箱

100歳の僕から24歳の僕に宛てた手紙

24歳の健太郎へ。

健太郎よ!最高に笑まくった100年間だったぞ。
ハッハッハーーー!!
不思議と大病もせずにもうこの年じゃ。

さてさて、
なんでこんな手紙を書こうと思ったかと言うとだな、理由は二つある。

一つ目はお前の一番の夢だった日本の自給率100%がようやく達成できたんだ!市民レベルで地産地消を促していって、耕作放棄地を次々と再生させ、家庭菜園がいまや常識になってきた。食べ物の輸入も市民一人一人がみんなで声をあげて、国レベルで少しずつ減らしていったんじゃ。
それは、お前がこれから全国を回って少しずつ仲間を集めて立ち上げる「チーム100%」の力がとっても大きかったんだぞ。仲間を集めたっていうよりは、集まっていったと言うほうが正しいのかな。今では10,000人を超える日本を代表する環境、農業団体の一つになってるぞ。今はそこから退いているけど、今夜はその「チーム100%」の宴じゃ。日本の食べ物のために俺の意思を受け継いで、第一線で頑張ってきてくれた仲間がうちにやってくる。これから、うちの広場で大きな焚火を囲んで、酒を飲んで、料理して、踊って歌うのだ。食べるのだ。笑うのだ。

この溢れんばかりの喜びをだな。24歳のどこに進んだら良いのかわからなかったお前にどうしても伝えたかったんじゃ。

そしてもう一つ。もともと手紙を書いてやろうと思ってたんだ。それはだな、
お前は大学を卒業して「好きなことだけしかしないで生きていく」とか言って
フリーターになっちゃうから自分や、周りを少し不安にさせちゃっただろ。
でもそんなつまらん不安を取り除いてやろうと思って、いつか手紙を書こうと思っていたんだ。
「お前は大丈夫だ。今のまま、自分の心に一番に耳を傾けて、生きていけばいいんだよ。自分を許して、友達を許して、社会を許すんだよ。そうすれば、お金も仲間もシンプルな生活も自然と集まって成り立っていくから心配いらないよ。自信を持ってやりたいことをやりたいようにやればいいんだよ。」

他にも今の健太郎に伝えたいことがたくさんあるからちょっと長いけど読んでほしい。この手紙が俺の人生の最後の仕事かもしれないな。笑いすぎて少し疲れてしまった。眠い時には我慢しないで寝る。24歳の時もそうだったな。ただ今回は少し長い眠りにつく気がするんよ。

俺は100年間愛と自由と平和に恵まれて本当に幸せだった。
それは何事にも感謝を忘れなかったからだよ。

俺は今、たくさんの田んぼと、大きな畑に囲まれた家に住んでるよ。
この家もみんなで一から建てたんだよな。あれは楽しかった。

結婚して、子どもも大きくなって、孫もひ孫もいる。
妻もまだまだ元気だ。この年になっても二人でイチャイチャしてるぞ。

今日もうちの畑や田んぼで子どもから、90歳のおじいちゃんまで、ホームレスだった人や、虐待にあった子ども、引きこもりだった子、旅人や、社長、そして僕の大切な仲間も、みんな一緒になって作業してるんよ。

ここあるのは、シンプルに生きていくために最低限必要な
「食べ物」「自然」「仲間」だけ。
だけど、僕はこの「食べ物」「自然」「仲間」を一番愛しているし、大切にしているんだ。そしてそれ以外のモノはほとんど手放してしまってる。そしてそれが一番の幸せなことに気づいたんだ。

そうそう。お前は「おいしいライフメッセンジャー」として、これからどうなっていくか。雑誌や、新聞に少しずつだけどたくさん書かせてもらえるようになっていった。その後、本を出す話も出て、ラジオやテレビにも出させてもらって、おいしいライフを伝えていったね。講演や、学校への食育にも、呼んでもらったね。イベントのアドバイスとかも、たくさんさせてもらったね。自分でも農業ツアー組んだり、イベントもやっていったね。こういう一つ一つで仲間を集めていって、想いを伝えていって。その繰り返しが地産地消の流れを生み出し、伝える人が増えていったんだ。そしてお前の作った「チーム100%」の組織作りが今までの一人のお前の力ではなくて、皆で伝えていけるようになっていたんだよね。

20114月全国47都道府県を一か月ずつ周る旅。リヤカー押してつなぎで出発した。4年の計画が少し伸びたけど細かいことは気にすんな。時代の大きな流れを感じながら、自分の小さな気持ちの変化を敏感に察知して行動していくようになっていく。



海外で過ごした生活もいい経験になったな。
カナダ、ベトナム、中国、ドイツ、インド、イタリア…数え切れないな。
あっピースボートにも乗ったな。

自転車や、キックボード、リヤカーなどで日本中、世界中いろいろ旅した。
ネタになるようなことはたくさん起こったけど、なぜか大きな事故には巻き込まれなかったな。本当に俺は運が良いみたいだ。

運がいいと言えば宝くじにもあたったな。
いくらだったか覚えてないけど結構な額だったよ。
定職にもつかず。
大きなお金や、小さなお金、たくさん頂いてきた。
本当にありがたいことだ。

そして、そのたくさんのお金を1円も無駄に消費することなく
自分が良いと思うものには惜しまずに使って投資していたね。
それは24歳の時からずっとそうだったか笑

あとお前の性欲はどうにかならなかったのか??
50代まではSEXばっかりしまくってたな。
思いつく限り全てのSEXをした後、行きついたのは
Slow SEX」だったぞ。今はピンと来てないかもしれないけどな。

憲法9条が変わりそうになった時はびっくりしたな。
あの時は俺も本気になって活動したね。あの9条が変わりそうになったおかげで日本が一つになったんだ。そして考えた。「僕たちの平和はただ授かったものじゃない。今を生きる僕たちがまた日々作っていくものなのだ。」

俺はなんでもかんでも忘れていくから、今書いているブログと中学から書きためている日記が自伝とか本を出すときにすげー役に立つんだ。大切にするんだよ。あと、お世話になった先生方や先輩。友達にいっぱいいっぱい会いに行ったんだ。そこでは自分では忘れているエピソードとかも聞けて楽しいし、何よりみんなお前に会いたいと思ってくれてるんだ。なるべく早く会いに行くんよ。

お前が末国さんの岡山や、てんつくマンのワンフェスで植えたたくさんの木はとっても大きくなっているよ。そして今も成長中だ。そして、未来の子どもたちのためになってる。100歳になっても心は24歳のお前と何も変わってない。やっぱり未来と関わっていきたいんだ。子や孫、仲間、木の成長が何よりも嬉しいんだ。

24歳の時、やりたいこといろいろ言っていたな。
ワンピース
21世紀少年
ドラゴンボール
バガボンド
も全部読んだ。

自分で作りたいって言ってた。
日本酒も焼酎もワインやビールも作ったね。
納豆も味噌も豆腐も作ったね。

お医者さんにはなるべく行かないようにした。
薬をもらわないように、気をつけていったのも
自分の生命力を下げずに、100歳まで生きられた秘訣かもしれないね。

「超就活セミナー」のパネラーにもやっと呼んでもらって嬉しかった。
自分の枠を広げてもらったセミナーで恩返しさせてもらえたのは本当にうれしかった。

友達の誕生日会や結婚式にはなるべくたくさん参加させてもらって
たーくさん祝わせてもらったね。

「ありがとう」「おめでとう」「おいしい」「嬉しい」「楽しい」「幸せ」…
お前の周りにはいつも素敵な言葉があふれていたな。

 100歳の健太郎より。

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