2014年3月11日火曜日

3.11から今日までの3年間。 3Jahre verging nach dem 3.11

Ich war am 11.3.2014 in Taiwan.
Folgentag am 12.3. wuerde ich von Orner der Hotel.
Orner hat mir gesagt "Du musst fernsehen jetzt!"

Ich habe gesehen und ich konnte nicht sagen.

danach bin ich nach Japan Zurueck geflogen.
aber ich habe nicht gewusst was sollte ich machen.

dann ist Atomkatastrophe passiert.

Ich bin Demonstration ueber Atomausstieg teilgenommen.
aber japanische Regierung hat gesagt "wir benutzen wieder nur sicher Atomkraftwerk..."

Deutschland hat sich fuer Atomausstieg entschieden.
Ich wollte unbedingt nach Deutschland fliegen.

deswegen ich war in Detuschland letzte Jahr.

Jetzt bin ich in Japan zurueck.
und ich spreche ueber Deutschland und Deutsche Atomausstieg.

Ich will Atomausstieg in Japan machen wie Deutshcland.
das ist nicht einfach aber, ich denke das ist am wichtigsten fuer mich und ganzen Welt.




「生きる」っていうことを考えたときに。

食べ物さえどうにかすれば生きていける。
と思っていた。そう思っていた。
日本の自給率をなんとしても100%にしたいと思っていた。

しかし、

3年前の今日、地震が起こり、原発が爆発した。
半永久的に耕作できない農地ができてしまった。
海にまで放射性物質がばらまかれた。
福島浜通りの知り合いの蜂蜜農家も移住を余儀なくされた。

3年もたった今も、
その高濃度の放射性物質が含まれている水は今も、
海に流され続けている。

NHKの震災の特集を見た。
原発の被害額、現時点だけで11兆1600億円。
もしこれだけのお金が、原発事故の補てんではなく、
被災地の復興に使われていたらどうなっていただろうか。

原発事故による放射能がなかったら故郷を離れずに済んだ人がいただろうか。

原発さえなければ…という話をしてもしょうがない。

原発事故の後、生きるために一番大切なものが、
「食べ物」から「脱原発」に変わった。
原発がある限り、人、農地、植物の種が常に危険にさらされていることになる。

僕は原発による、さらなる悲劇はなんとしても避けたい。
しかし、政府は「安全」が確認された原発の再稼働を急いでいるという状況だ。

原発事故以降、デモに参加したり、中部電力に直談判をしたり、
「原発」都民投票、「原発」国民投票 を求める運動に参加したが、
当時の議員は市民の声に耳を傾けようとしてくれなかった。

事故が起こる前から危険性が指摘されていた日本の原発が、
その指摘通りに地震と津波により事故が起きてし待ったにもかかわらず、
日本政府はまだ原発を再稼働させることに必死だった。

そんな中、日本の原発事故をきっかけに、
次々と脱原発を決めていくヨーロッパを見て、
なんとも歯がゆく、日本政府を恥ずかしく思った。
どうして日本の議員は「原発再稼働に反対」という国民の民意を聞き入れないのだろうか。

日本という国に嫌気がさし、僕はドイツにわたった。
そして、ドイツを中心にヨーロッパの民主主義と原発の現状を目の当たりにしてきた。
国民投票や住民投票で示される国民の一人ひとりの意思と責任。
それに付随した情報公開と、専門家を招いた一般市民からの質疑応答。
間接民主主義の上にあぐらをかいて、原発の問題を議員に任せっきりにするのではなく、
直接民主主義を通じて、一人ひとりが原発のことについての未来を選択することの必要性を改めて強く感じた。

原発事故以降。
原発に懐疑的な人が日本では多数派である。

2014年3月9日づけの東京新聞によると、
「原子力規制委員会で安全性を確認した原発を再稼働させる安倍政権の方針に対し、賛成は40%、反対は54%だった。賛成の理由は「電力不足が心配」が50%で最多。反対は「安全対策が不十分」が47%だった。
 原発の今後に関しては「即時ゼロ」「段階的に減らし、将来はゼロ」を合わせた脱原発派が69%を占めた。「段階的に減らすが、一定の比率は維持」「震災前の比率にする」などの容認・推進派は29%だった。」
引用元
http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2014030902000128.html

原発国民投票を行っても反対派が上回るとは限らない。
賛成派が上回り、日本政府が国民投票の結果を楯に堂々と再稼働するかもしれない。
僕は、再稼働には反対だが国民投票の結果は尊重したい。

そして、もし反対派が上回った暁には政府はその結果を尊重し、
原発の稼働をあきらめるべきである。主権者である国民が下した決断なのだから。

夢だった日本リヤカーの旅をあきらめて、
原発と民主主義をテーマに据えて飛び回った3年間だった。
懐かしのリヤカーの旅計画↓
http://shibaken612.blogspot.jp/2010/12/47.html


「生きる」ためにやっぱり生きたい。
これからの3年間についても書こうと思ったんですが、
長くなったのでまた今度書きます。

被災地には2011年に行ったきりだ。
友達もいる。今年はどうなっても必ずまた訪ねようと思う。




黙祷