2014年5月28日水曜日

またブログ休みます。すいません。



またまた、修学旅行の引率で7日間長野県に行ってきます。

ご飯の食べ方をきちんと教えてきたいと思います。

では、皆様良い一週間をお過ごしください。


【ドイツ回想録】ワーキングホリデービザ



ワーキングホリデービザは割と簡単に取れた。

必要なパスポートや預金照明、証明写真と、保険加入証などをそろえれば、
30歳前なら誰でもとれるはずだ。

ビザがとれたのは本当にうれしかった。
ドイツ語も英語もほとんど分からなくて、
ドイツ大使館の日本人にたくさん質問して必要書類を埋めたのを覚えている。

なつかしい。あんな状態でよくひとりでドイツに行くことにしたもんだ。

ワーキングホリデービザの取得方法はドイツ大使館から



2000ユーロを捨てた話。 Ich habe 2000 Euro weggeworfen.

Vorher habe ich schon Japanische Yen in Euro gewechselt.

Wann ich 3.Dec 2012, war der Tag, der ich nach Detuschland fuhr.

Vortag habe ich meine Sache fuer Abfall oder Wichtig sotiert.

Da villeicht  habe ich 2000 Euro weggeworfen.

Verdammt!! 


2012年12月3日ドイツに旅立つ朝。
1ユーロ100円の時に両替をしておいた2000ユーロの封筒がないことに気付いた。
いくら探してもない。何度タンスを開けても、スーツケースをひっくり返しても、バックパックのポケットに手を突っ込んでも、どこにもなかった。

思い当たるのは、膨大にあった池袋の僕の荷物を、「ごみ」と「持って行くもの」に分ける作業。あの時に、2000ユーロの入った封筒をごみの袋の方に入れてしまったのかもしれない。

今、思えばそれしか考えられない。
家を出る時間も迫っている。飛行機に乗り遅れるわけにはいかない。

ドイツに着いてからもこのショックは長く尾を引き続けたし。
そして、帰国してからも「落ち着いて探せば見つかるかも…」とあったはずの場所を
すがる思いでもう一度見たが、やはりなかった。

そう、どうやら僕は2000ユーロを捨ててしまったらしい。


アホなお金の話が好きな方は「173万円の請求書」もごらんください。http://shibaken612.blogspot.jp/2011/05/173.html






2014年5月27日火曜日

やるぞー!かくぞー!

明日までに、「脱原発フォーラム」と「シェーナウ訪問記」の原稿の直し2本と「ドイツビールのエッセイ」の粗原稿1本終わらせて、明後日からはまた別の子ども達と長野に行ってきます!うす!

2014年5月21日水曜日

ブログ5日間お休みします。



5Tage mache ich Weblog Pause.

ブログ5日間くらいお休みします。
ちょっと中学生を相手に山や、田んぼで遊んできます。

それでは、皆さんごきげんよう。

「シェーナウの想い」 in 東松山!Ich halte Filmtag in meine Heimatstadt.


In Higashimatsuyama halte ich Filmtag am 20.Juli ab.

Higashimatsuyama ist maine Heimatstadt!

Natuerlich Film ist "Das Schoenauer Gefuehl ^^

Ich spreche ueber mainen Besuch.


「シェーナウの想い」の上映会を東松山でしていただけることになりました。
上映の後にそこで、僕が映画の舞台シェーナウを訪れての感想や、
映画出演者ウルズラスラーデックさんへインタビューした時のお話しなどさせていただきます。

7月20日 13:00~17:00までの間で行います。
詳細な時間はわかりませんが、午後になりそうです。

場所
高坂給料市民活動センター 2階 視聴覚室
〒355-0055
東松山市松風台8-2
電話:0493-35-4311

「シェーナウの想い」は僕がドイツに行くきっかけにもなった映画です。
2度にわたる住民投票を経て電力網を買い取り、
再生可能エネルギー100%の電力会社を設立したドキュメンタリーです。




2014年5月20日火曜日

「14歳からの社会学」 宮台真司著



実はこれを読む前に
宮台さんの別の書籍「私たちはどこから来て、どこへ行くのか」という本を読んでいたんですが、

にゃんとも難しくてですね。それでこの本を手に取ったわけです。

そしてその選択は成功でした。

特に面白かったのが、2章の<社会>と<ルール>
この章で書かれていたことは、
まさに僕が日々感じていたことが説明されていてすごく嬉しくなった。
「嬉しくなった」って感情なのかな?

くだらないルールやら、校則やら「決まりごと」なんて、
「いらねー!」って思っていたけど、今もその気持ちは変わらないけど、
規則が人を幸せにする時もあるんだと思いました。

「みんなが納得できるルールがいいルールだよ。だって民主主義ってそういうことなんだもん」って。
確かに学校ではそう教わっただろう。実際、多くの人がそう信じている。

そう。僕が考えているのがまさにそう。でも宮台さんは別の考え方を持っている。


ところが、全く違う考え方もできるんだ。
誰かエラい人がルールを作ったとする。なぜそんなルールがいいのかみんなが納得したわけじゃない。でもそのルールが結果として多くの人を幸せにすることがある。そんなルールがいいルールじゃないか―。これが「卓越主義的リベラリズム」という考え方だ。

確かに、そんな「エラい人」がいればいいと思います。
でもエラい人って誰やねん!どうやってそういう人を選ぶんだろうか。
やっぱり宮台さんの本は「理解したかな」と思うところでなんだか、急に引き離されるような感じでおもしろい。これが、なんか僕の知らなかった世界を見せられるような感じ。

こんなような途中まで「わかるわかる!」って、宮台さんが隣を一緒に走っているようなのに、途中から一気にアクセル全開で僕を置いてくみたいなそんな感じ。

3章の<こころ>と<からだ>-「恋愛」と「性」について考えよう

この章でも同じようにやられました。
おもしろいおススメの一冊です。


2014年5月19日月曜日

インターネット都政モニターに依頼していただきました。



Ich checke Tokio Landesregierung.

インターネット都政モニターに依頼していただきました。
しっかりチェックさせていただいて、より良い東京のために貢献させていただきたいと思います。



東松山 Love♡



Der Teich ist naehe von meinem Haus.
Als ich Kind war, habe ich hier mit Jungendfreund geschwommen.


昨日は近所の「生活クラブ」の方の紹介で、
地元、東松山で「脱原発」の意思を持った人たちとお会いすることができた。

タウン誌を作ってらっしゃったり、カフェの一日店長をされてたり、
世界を5年間旅していたおっちゃんもいて、たった8人の集まりでしたが、
おもしろい人ばかりで、また時間があったらお邪魔させていただこうと思いました。

東松山 「まちカフェ」
照明は小さな太陽光パネルで発電した電気を使ってらっしゃいます。


あと「シェーナウの想い」の上映会も企画して下さるみたいで、
そこで、僕がシェーナウ訪問した時の話などをさせていただけることになりました!

日にち等が決まったらまたご案内させていただきます。

東松山 Love♡
写真は近くの公園の池です。

2014年5月18日日曜日

「デモクラTV」ってこうなってるんだー!



昨日は水道橋近くの「デモクラTV」のスタジオに連れて行ってもらいました。

AERAの山田厚史さんをはじめ一流のジャーナリストや評論家の、
ニュースの解説や議論を間近で拝見して興奮しました。

以下 デモクラTVの開局宣言より抜粋
  • 朝日ニュースター時代から16年間、親しまれてきた「愛川欽也 パックインニュース」が3月末で終了するのを受け、その精神を継承し、一段とパワーアップしたインターネットテレビ「デモクラTV」が4月に開局します。
  •  パックインニュースを支えてきたジャーナリスト、市民活動家、学者、評論家らが資金を出し合い「市民のためのネット放送局」を立ち上げました。提供するのは「日本一分かりやすいニュース解説」と自負しています。
  •  皆さんはNHKや民放のニュース解説に満足していますか。
  •  私たちも出演する機会がありますが、「突っ込み不足」「隔靴掻痒」との印象を受けることがあります。現場の意欲が、大きな組織の事情で薄められているようにも思えます。
  •  「たっぷり解説する時間がない」という制約もさることながら、免許事業であるがためか権力者に微妙な配慮をしたり、スポンサーの意向を斟酌するなど、スタジオに見えない薄膜があるように感ずることもあります。
  •  「知る権利」「言論の自由」は、不断の戦いによって手にするもの、と私たちは考えます。
  •  吹けば飛ぶような放送局ですが、例え逆風の中でも「言うべきことは言う」「本質を臆することなく伝える」という姿勢を堅持してゆきたい。
このような精神で作られた「市民のためのネット放送局」
月額500円でインターネットを通じて見ることができる新しいニュースでありテレビ。
ほぼ24時間放送されてるので、僕はラジオ代わりに聞いています。

デモクラTVについて詳しくはこちらからどうぞ


僕はどんな未来を生きようか。
あなたはどんな未来を生きたいか。
一緒にどんな未来を作りたいか、そのビジョンを作るために、
いろんなことを「知りたい」「話したい」

あーこういうの大好き!




2014年5月17日土曜日

映画「阿賀に生きる」



原稿が一本落ち着いたので、新潟で頂いた映画「阿賀に生きる」を見ました。

川や自然がどれほど人間と文化にとって大切なのかを考えさせられる。
大切というか、生活そのものだと。

ところが地元の大企業 昭和電工(現 新潟昭和)が有機水銀を阿賀野川に垂れ流したことによって四大公害病の一つ「新潟水俣病」が引き起こされてしまった。

水銀中毒の症状があるのに認定されないという、未認定の被害者が2000人もいるのだそう。

でも、この映画は水俣病の被害者を「被害者」としてではなく、
「生活者」として、まさに「阿賀に生きる人」として描いている。

2年以上、この地域に住み込み共に時間を過ごしてきた人でしか撮れないであろう、日常と現状、地元の人のユーモアと阿賀野川への愛を感じた。阿賀に生きる人たちが描かれてるけど一般化すればこういう感じ。


地方って面白い×生活って素敵×自然って偉大


頭で分かっていても、心で感じられなきゃ。
心で感じたければ、こういういい映画を見なくちゃ。


公式サイトはこちら


脱原発フォーラムに行ってきました。 粗原稿



写真は「脱原発フォーラム公式サイトより」

http://www.c-poli.org/main/dg_photo


粗原稿を公開します。

ちゃんと校正されたものは雑誌「社会運動」で読めますので、

そちらをお買い求めください。よろしくお願いします。


また読んでみて、わかりづらい表現や、誤字脱字などございましたら、

教えていただけたらとてもうれしく思います。ありがとうございます。


10:00~17:30のセッションで

30000字に及ぶ原稿を2500字前後に編集ということで

泣く泣く削ったところが多いのですが、

雰囲気を少しでも感じていただけたらと思います。


以下本文


2014413日「脱原発社会の創造-今、市民として取組むべきこと」と題された脱原発フォーラムに全国から定員を超える840人が詰めかけた。初めに実行委員長の船橋晴俊氏のあいさつで幕を開いた。「政府によるエネルギー計画が決定されたが、国民の圧倒的多数は原発ゼロを望んでいます。そして全国では粘り強い地道な取り組みが続けられています。全国の志を共有した仲間が一堂に会して、次のステップを踏み出していきたいというのが本日のフォーラムの趣旨です。」

 

まずセッション1では当日配布された「脱原子力政策大綱」について、福島原発告訴団の武藤類子氏より「福島原発の被害の実情」、立命館大学の大島堅一氏より「原発ゼロを目指す経済的な影響、具体的にどういう社会の仕組みを作っていくか」、FoEJapan理事の満田夏花氏より「エネルギー基本計画の問題」について、最後に改めて船橋氏より「原子力市民委員会の今後の取り組み」が話された。

 

次に「立地自治体の経済と原発依存からの脱却―福島原発事故から考える」と題されたセッション2が元国立市長である上原公子氏の司会により進められた。元東海村村長の村上達也氏は話された。「私は福島原発事故の後、原発は疫病神で貧乏神だと言い始めました。双葉町には『原子力、明るい未来のエネルギー』という横看板がありました。今、実際にはその看板の後ろは死の町になっている。原発があると豊かになるというのは、私は錯覚だと思います。原発を誘致すると原発に依存する産業しか育ちません。例えば東海村の製造品出荷高が300億円なのに対し、同じくらいの人口の妙高市は1400億円、福井県敦賀市は1100億円ですが越前市は4200億円にのぼります。原発によって地方は豊かになっていないんです。」

 

続いてJA全中副会長の村上光雄氏より「被災地には2011年8月に東北に行ってきました。福島に入った途端他の県とは状況が違いました。見えない放射能の恐ろしさ、風評被害で野菜が売れないということで2重3重の苦しみがありました。今JAとしてやりたいのは将来計画の中へ脱原発を盛り込むということです。会長にも相談して福島のみなさんのためにもこれは入れようと考えています。環境が破壊されて一番泣かされるのは「農業者」なんです。安心安全な農産物を届けられなくなる。そして、自分自身もそこでは生きていけなくなってしまうからです。」

 

日本学術会議の大西隆氏から「1955年の原子力基本法制定に日本学術会議が関わっています。初期には安全性という言葉はありませんでした。1974年の原子力船むつの放射能漏れ事故を機に『安全確保』が初めて入ります。それ以降、学術会議として公式に安全に関して30年何も言ってきませんでした。この過程で安全神話が形成されて来てしまいました。この失敗を繰り返すことなく、原発の最終的な結末に至る道筋など、全体像の議論と提言を続けていきます。避難指示区域の解除を開始していますが、その中で戻らない人も増えています。福島では8万人のうち5万人は県外に移住しています。戻りたい人も戻りたくない人も共に被災者ですから、それぞれの今後の生活設計に合わせて支援することが重要です。」

 

セッション3「福島の現状から脱原発の未来を創造する」では、福島生協理事の佐藤一夫氏は震災以降、福島の生協がどのような活動を行ってきたのかを映像を交えて発表された。「原発事故はまだ終わっていないということは、福島県民にとっては疑いようのない事実ですが、しかし国民一般の意識の中ではすでに過去のできごとになりつつあることに懸念を私たちは抱かざるをえません。生協では福島の子ども保養プロジェクトを行っています。しかしメディアによって実害は心配するほどではないと伝えられると、子ども保養事業を否定的にとらえる人も増えてきました。福島は大丈夫なんだから必要ないという人が現れました。しかし親子に寄り添った活動を求めるニーズが大きく、累積被曝を低減することもできます。」

 

福島大学の小山良太氏より「風評被害が収まらないのは基本的な法律の枠組みが作られない中で、本当の安全性を確認できる体制がいまだに構築できていないということが問題だと思います。例えばセシウムの沈着量を見れば、福島県の海側は当然多いが会津の方は少ないです。逆に隣接する県の方が高いケースもあります。しかし検査するのは福島県のみ、除染するのも福島県のみです。これでは一般消費者に福島のものは危険だと思われてしまいます。風評被害の最大の問題は、原発を再稼働したい政府による「放射能安全神話」によって、福島で真面目に検査している人まで疑われてしまうということです。これが風評被害の最大の問題だと思います。すなわち、もっと体系的な食品安全検査を法整備することで行政も具体的に動けるようにすることが重要です。」

 

JA福島中央会の川上雅則氏は愛嬌のある福島弁で話された。「福島の農業は少しずつ回復していることもありますが、他県には大きく後れを取っています。除染や土壌の汚染状況検査など管理徹底しているが、農畜産物価格が回復しません。そこで震災前に戻るのではなく再生可能エネルギー事業を取り組むことができないかと考えています。売電による収入の増加も図ることができますし、発電の熱で施設園芸が可能になり、畜産によるし尿を発電用に、ガスを発生させた残渣は肥料に活用することができます。これにより地域資源を地域内で循環させることができます。この取り組みを、地域で出来る範囲でやっていくことがとっても大事であると思います。」

 

東京海洋大学の濱田武士氏より「福島県の水産物の放射性物質調査実績によれば、100Bq/kgを超える海産種は事故直後の57.7%から下がり続け、ここ半年は1.6%くらいを推移しています。100Bqをどう見るかは議論の余地がありますが、福島県以外でいえば検査で100Bqを超えるものは一件もありませんでした。しかし消費者からすると汚染水問題などの影響で海洋汚染は共通認識になっており、東電、行政への不信感がそのまま漁業者に直撃しているという問題があります。」

 

セッション4「市民として取り組むべきこと―脱原発社会を創造するための方法―」では脱原発のために「一人でできること、仲間と出来ること」を具体的に出し合い、最後はゼロノミクマ君と参加者みんなで一緒に「原発ゼロー!」と宣言して幕を閉じた。

2014年5月16日金曜日

正しい鹿せんべいのあげかた




2014年5月14日水曜日

「住民投票の新しい波」パネルディスカッションが一部無料公開中!



僕も前座でヨーロッパの住民投票事情を報告をさせていただいた「住民投票の新しい波」がアップロードされました。

「原発」「基地」「産廃」「ダム」…、新潟県巻町や、沖縄県名護市など、かつて住民投票は反対派が「最終の武器」として実施を求め、推進派の首長や議会の多数派がそれを拒むというのが通例でした。
ところが、近年、長野県佐久市や埼玉県北本市などでは、文化施設や新駅の建設などをテーマに、反対派ではない首長、議員が進んで住民投票の実施を提案し、執行する新しい波が起こっています。彼ら(首長、議員)はなぜ住民投票を肯定し活用したのか。
「反対派の武器」から「市民自治のツール」として広がる可能性をもち始めた住民投票について、当事者を交え語り合いました。(4月26日開催)この模様を収録した動画を掲載しました。




年間3000円の会員になっていただくと、パネルディスカッションの全編見ることができるのはもちろん、僕のスイスレポート、ベルリンレポートなどもすべて読むことができるようになります。
なにより、日本内外の直接民主主義のどこよりも詳しいデータが蓄積されたサイトです。


「住民投票の新しい波」とは↓

デモクラティック居酒屋







5月11日のみんなで決める会主催の「デモクラティック居酒屋」 

ゲスト 越智敏夫さん(政治学者・新潟国際情報大学教授)

ファシリテーター 橋本桂子さん(みんなで決める会共同代表)

新潟市古町の「かくれんぼ」 http://r.gnavi.co.jp/3t8bd8t80000/ にて、
肩ひじ張らずに民主主義の話をしてます。
さすが居酒屋的な話の逸れ方もします、多様性盛りだくさんですね笑

それにしても越智先生みたいな人に政治を教わりたかったなぁ。

「人種差別は表現の自由で守られるべきか」
「国策の原発について地方議会の発言権について」
「テロは政治運動か?」
「国が責任を取る」ということは「国民が払う」?
等々…

IWJさん中継どうもありがとうございました。

お世話になりまくった新潟の4日間でした。



お世話になりまくった新潟の4日間でした。

たくさん勉強させていただきました。
今回、学ばせてもらったことをどんどん周りに還元してきたいと思います。

たくさん親切にしてもらいました。
特に近さん!毎日とっても楽しかったです。
山菜取りも、お散歩も!近さんといるとなんでも楽しいですね笑

理性的に理想を追求する、橋本さんの姿勢に背筋が伸びました。
車を監禁されたのは懐かしくていい思い出ですね。橋本さん笑。

石山さん。越後ビールと美味しいかりんとうをありがとうございました。
今度は六日町か東京で!東京に来られた時はもちろんご馳走させていただきます。


忠さん、村田さん、千野さんなど、県民投票のメンバーにも久しぶりに会えて嬉しかった ^^

名畑さん他、4台の方にヒッチハイクで乗せていただいて無事に埼玉に帰りました。

本当にありがとうございました。

2014年5月11日日曜日

新潟来ました!

乗せてくださった松下さん、ありがとうございました!
松下さん達はこれから水上でラフティングだそうです。

僕は「原発」新潟県民投票のその後の取材と、
ドイツでの報告をさせていただきます。

2014年5月9日金曜日

映画「船を編む」見ましたか?


なんだか賞とかいろいろ取ってるみたいですけど、
そんなのはどうでもよくてとっても面白い映画でした。

映画を見るなら邦画じゃなくて、
英語やドイツ語の勉強もかねて洋画を見ようと意識しているのですが、
これは親がおススメということで見てみたわけです。

「辞書」を引きたくなる、「言葉」に引き込まれる、そんな映画でした。

宮崎あおいちゃんが出てるのに、ラブストーリーとかどうでもよくなっちゃうくらい。

三浦しをんさんの原作も読んでみたい。


あなたは「右」を説明できますか?


僕自身も自分で船を編んでみたい。



ヒッチハイク 名古屋から埼玉!

もう1週間ほど前になりますが、名古屋からヒッチハイクで帰ってきました。
その節は乗せてくださった方々お世話になりました。

今回乗せてくださったのは日本生命の野球選手 伊藤さんです。
乗せてくださる方はいろんな人がいるんですが、野球選手は初めて!

僕より若いのに、でかいいい車に乗ってて、スポーツが仕事で日本中に遠征して、
キャンプでグアムだそうです!

羨ましいなぁと思いながら、がっちりした身体と、
堂々とした喋り方が、日々の鍛錬と、幾つもの壁を乗り越えてきた経験を感じました。

契約更新の不安や同期などとの競争などの悩みも聞かせてもらいました。
別れ際にジュースもご馳走してくれました。

一流の男を通じて、僕も一流の男への道を探りたいと思います。

埼玉まで乗せてくださったのは、障害を持ったお子さんを持つF1追っかけのご夫婦。
何も知らない僕にカーレーシングのいろはを教えてくださいました。
ジャーナリストじゃなくて、レーシングチームの邪魔しに行く「ジャーマリスト」だそうです笑

ありがとうございました。

2014年5月8日木曜日

川越散策 with Jens



Ein Freund von mir ist nach Japan angekommen.
Er heisst Jens.

Ich bin mit ihm nach Kawagoe gefahren.

Kawagoe ist Saitama's am Besten Stadt fuer Auslaender, ich denke so.




今日はドイツから来日中のJensに川越を案内しました。

川越駅からクレアモールを通って、
羅漢様のいる喜多院へ、
名門 川越高校の前を通って
菓子屋横丁でせんべいを買って
COEDOビールを片手に一番街を歩く。

定番コースですが、こうして改めて誰かと歩くと全く違った町に見えるから
不思議ですね。

もし川越を案内してほしいという人いらっしゃったら
着物でばっちりガイドさせていただきます。




2014年5月7日水曜日

自転車を買いました。 Ich habe neues Fahrrad gekauft.


Ich habe neues Fahrrad gekauft.
Mit dem fahre ich ganzen Welt naecstes Jahr.



自転車で世界一周したいって
いわゆる「夢みたいな夢」みたいなもので、
僕の中でもまだフワッとしてるものだけど。

とにかく来年はアメリカ大陸をこのGIANTのGREAT JOURNEYと一緒に走りたいと思います。

アジアを走ることになってもいいかなってちょっと思っています。

まだ、こんな感じでフラフラですがとりあえず動き出しました。

こぎ始めれば安定してくるでしょう。

やると決めたので動くだけです。


2014年5月6日火曜日

86世代が集まって、何をするでもなく。

Ich habe mit Freunden getroffen.

Die Leute sind alle 27 Jahre alt.



昨日は86年世代が集まって、何をするでもなく、
軽く自己紹介をして飲んだ。

個性的なやつばっかりで居心地のいい空間だった。

僕らは「五黄の寅(ごうのとら)」世代。
36年に1度、もっとも気の強い性格の人が生まれる年なのだそうだ。

五黄とは九星のひとつ。『性質は豪気大胆。情深く、思い立ったことは是が非でも押し通さねば気のすまないところがあって人から憎まれる。また器用で何事にも優れた才を発揮するけれども、中には反対に臆病で何事もできない人もあります。行をつつしみ、人と争いをしなければ実にたぐいまれな幸運の星』。


こんなのを信じる信じないは別にどうでもいいんだけどさ。


「やりたいこと、やっちまおうぜ俺たち!」


ってことで早速俺、着物を着るわ。






2014年5月5日月曜日

ヒッチハイクはやめられない(後編)






前回の続きからお読みください。

写真ぶれっぶれですいません。

いいにおいのするタオルケットをいただいた僕らは、
次なる車を求めてスケッチブックを掲げて待ちました。

しかし、
「夜遅かったこと」「男二人であったこと」
もあって、なかなかつかまらず、なすすべもなく僕らは先ほどの兄ちゃん二人に電話しました。兄ちゃん二人は、車で迎えに来てくれて近くの焼き鳥やさんに連れてってくれました。

「好きなだけ食べて、飲んでいいから」
と言ってくださってビールや焼き鳥などをご馳走してくださいました。
奈良県出身のお二人はさすが、関西人って感じでボケとツッコミに厳しくて、
僕は何度も「それ、おもろない!」って駄目出しされました笑

「女の子いたほうがいいやろ?」
とかわいい女の子も呼んでくれて、緊張しました。
きっと、僕のボケのキレが悪かったのはあの子のせいだ。うん。

二人の兄ちゃんの印象は「優しいくまさん」と「サーファー系イケメン」でしたが聞けば、お二人は奈良最大のクラブの経営者とスタッフ(元格闘家)ということでビビりました。こういうのは失礼かもしれませんが、全然そういう風に見えなかった笑


クラブ「Free Ⅱ」

オレンジレンジとかモンゴル800とかも来てるらしい!

SUGOI !!!



​夜中の3時をまわるころ、2件目に連れてってもらいました。
「Kujira Bar」

The Bar って感じで女の子を口説きたくなる店です。

ここには、また別の埼玉出身の女の子も来てくれて、
しばし埼玉トークに花が咲きました。
…口説けませんでしたが、

9割くらい、しょうもない話をしていたのですが笑
東日本大震災の時のボランティアのあり方とか。
東北の復興のためにはどうしたらいいのか。
国を作るためにはどうしたらいいのか。
とかいう話も聞かせていただきました。

結局2件目も全部ご馳走してくださり、
最後にスケッチブックにメッセージまでいただいて、
ちょっと涙出そうでしたが、「また来ます」って約束してお別れしました。

おもしろいことばっかり言ってる経営者の彼が、
「困っている人がいたら助けたい」
と、こともなげに普通に言っていたのが印象的でした。
実際に行くすべのなかった、男二人を一晩、招待してくれたのです。

「こういう方の経営している店に行ってみたい。」
「こういう人と働きたい」そういう人を引き付ける魅力がある人でした。
あーいう大人になりたい。

Jensは「日本人はこんなにやさしいのか!」と驚いていました。
ヒッチハイクをきっかけにもっと日本を好きになってほしいなぁ。

兄ちゃんたち本当にありがとうございました。
絶対に奈良にまた遊びに行きます!

次回は今回のヒッチハイク最終章
名古屋から東京編です。

2014年5月4日日曜日

ヒッチハイクはやめられない(中編)



一日、ドイツ人の友達Jens と定番の奈良観光をして、
一緒に名古屋まで帰ろうと、ヒッチハイクをはじめました。

ガソリンスタンドだったかな。
二人の兄ちゃんに声をかけました。
最初は断られたのですが、「どこまで行くの?」みたいな話から、
結局、名古屋方面に向かう人が多いところまで乗せてくださることになりました。

そして、最後には、
「もし、見つからなかったら電話しておいで、飲みにつれてってあげるよ」
と言ってくださいました。

そこで、連絡先を教えてもらって、
僕らは教えてもらった場所で、ヒッチハイクを再開。

そこで、15分ほど名古屋方面へ向かう車を待ち構えていると、
今度は白いバンの車が僕らの横にとまった。


「大丈夫寒くない?」
若いカップルのお二人が、半袖一枚のJensを見てそう言いました。

「ありがとうございます。大丈夫です」と僕らは応えると

「ちょっと待ってて」
と言ってクルッとUターンしてあっという間に見えなくなりました。

男性も素敵でしたが、
まっすぐの髪が腰あたりまで伸びている、女性がとにかくきれいでした。

Jensと二人でめっちゃかわいかったね!
と話していると先ほどの車が戻ってきました。

「はいコレ!」
と温かいお茶とおにぎり、総菜パンが二つずつ
それぞれの袋に入っていました。

そして、半袖のJensはかわいいタオルケットを掛けてもらっていました。
短い話のあと「頑張ってね」という言葉を残してまた車で去っていきました。

僕らはなんだか、あっという間の出来事で、
よく状況を理解できないまま、見えなくなるまで手を振りました。

お兄さん、お姉さん、本当にありがとうございました。

「いいにおい!」
その後、僕はJensのもらったタオルケットから漂ってくるにおいをかいで興奮してました。
Jensはあきれています。

お兄さん、お姉さん、僕がこんな男で本当にすいません。
Jensは大事にドイツに持って帰るお土産にするそうです。

…続きを書きたいのですが出かけるのですいません。
また明日、この後の展開を書きます。


2014年5月2日金曜日

奈良に行ってきました。「ヒッチハイクはやめられない」前編

Ich bin nach Nara bei Hitcheik gefahren :)

Es braucht 11Stunden von Saitama prefectur.



ハイデルベルクでお世話になっていたドイツ人のJensが、日本にくる!
というので、奈良を案内させてもらいました。
と言っても僕の得意技の「方向音痴」が炸裂して、最後の方はもう一人のハイデルベルクで会った友達のさとこちゃんにガイドしてもらう形になりましたけど。

ヒッチハイクで来たんですけど、それがまた今回もまためちゃくちゃドラマチックでした。

一人目は経営者の方、とってもオープンマインドな方で会社の悩みとかもいろいろ話してくださったり、若いうちから経営者として独立して、66歳になって新しいビジネスを始められたそうです。「一生勉強だね!」とキラキラ楽しそうに話す姿がとても印象的でした。

二人目の方も経営者で、なんと「低線量被曝で健康になる」という商品を扱っている方でした。
ご自身も低線量被爆で糖尿病が治ったりしているらしく、こんな事実もあるんだなぁと、とても驚きました。

3人目の方はキャバクラを経営していたのですが、
今は養護学校の先生をやってるという方でした。
波乱万丈の人生が面白すぎて、終始笑いっぱなしでした。

型に はまってないし、型に はめもしない。

ご自身の人生の振れ幅があるせいか、
「生徒はこうあるべき」みたいな小さな器ではなく、
もっと、でかいナニカを感じました。

折り畳み傘を多分車の中に忘れてきてしまいました。
どうぞ使っていただくか、面倒ですが処分してくださって結構です。
すいませんでした。

4人目は、大阪のトラックのおじちゃん。
大阪弁で「にいちゃん、教員免許持ってるなら先生なりな、そうしないと俺みたいにトラックの運転手することなるで!」みたいな感じで人生のイロハを教えていただきました。やっぱりトラックの座席の高さは最高に気持ちいいですね。四日市市の夜景を見下ろす感じがたまりませんでした。

そして最後が、仕事帰りの女性、
お子さんがお二人いらっしゃるようで「教育論」の話になり、
僕は「勉強はさせられるものではなくて、したくなるものだと思う」という話を少しさせてもらいました。でもその女性は「そんなにきれいごとじゃない」みたいな話になってとっても面白かったです。最後おろしてもらったところで、モスバーガーをご馳走してくださいました。乗せてもらった上にご馳走して下さるなんて本当にありがたい限りです。

みなさん、本当にお世話になりました。
ありがとうございました。


明日あたり、ヒッチハイクはやめられない 後編 アップ予定です。
ちなみに明日名古屋から埼玉方面に車で向かう方がもし、
奇跡的にいらっしゃったら、乗せていただけたら嬉しいです。