2014年5月17日土曜日

脱原発フォーラムに行ってきました。 粗原稿



写真は「脱原発フォーラム公式サイトより」

http://www.c-poli.org/main/dg_photo


粗原稿を公開します。

ちゃんと校正されたものは雑誌「社会運動」で読めますので、

そちらをお買い求めください。よろしくお願いします。


また読んでみて、わかりづらい表現や、誤字脱字などございましたら、

教えていただけたらとてもうれしく思います。ありがとうございます。


10:00~17:30のセッションで

30000字に及ぶ原稿を2500字前後に編集ということで

泣く泣く削ったところが多いのですが、

雰囲気を少しでも感じていただけたらと思います。


以下本文


2014413日「脱原発社会の創造-今、市民として取組むべきこと」と題された脱原発フォーラムに全国から定員を超える840人が詰めかけた。初めに実行委員長の船橋晴俊氏のあいさつで幕を開いた。「政府によるエネルギー計画が決定されたが、国民の圧倒的多数は原発ゼロを望んでいます。そして全国では粘り強い地道な取り組みが続けられています。全国の志を共有した仲間が一堂に会して、次のステップを踏み出していきたいというのが本日のフォーラムの趣旨です。」

 

まずセッション1では当日配布された「脱原子力政策大綱」について、福島原発告訴団の武藤類子氏より「福島原発の被害の実情」、立命館大学の大島堅一氏より「原発ゼロを目指す経済的な影響、具体的にどういう社会の仕組みを作っていくか」、FoEJapan理事の満田夏花氏より「エネルギー基本計画の問題」について、最後に改めて船橋氏より「原子力市民委員会の今後の取り組み」が話された。

 

次に「立地自治体の経済と原発依存からの脱却―福島原発事故から考える」と題されたセッション2が元国立市長である上原公子氏の司会により進められた。元東海村村長の村上達也氏は話された。「私は福島原発事故の後、原発は疫病神で貧乏神だと言い始めました。双葉町には『原子力、明るい未来のエネルギー』という横看板がありました。今、実際にはその看板の後ろは死の町になっている。原発があると豊かになるというのは、私は錯覚だと思います。原発を誘致すると原発に依存する産業しか育ちません。例えば東海村の製造品出荷高が300億円なのに対し、同じくらいの人口の妙高市は1400億円、福井県敦賀市は1100億円ですが越前市は4200億円にのぼります。原発によって地方は豊かになっていないんです。」

 

続いてJA全中副会長の村上光雄氏より「被災地には2011年8月に東北に行ってきました。福島に入った途端他の県とは状況が違いました。見えない放射能の恐ろしさ、風評被害で野菜が売れないということで2重3重の苦しみがありました。今JAとしてやりたいのは将来計画の中へ脱原発を盛り込むということです。会長にも相談して福島のみなさんのためにもこれは入れようと考えています。環境が破壊されて一番泣かされるのは「農業者」なんです。安心安全な農産物を届けられなくなる。そして、自分自身もそこでは生きていけなくなってしまうからです。」

 

日本学術会議の大西隆氏から「1955年の原子力基本法制定に日本学術会議が関わっています。初期には安全性という言葉はありませんでした。1974年の原子力船むつの放射能漏れ事故を機に『安全確保』が初めて入ります。それ以降、学術会議として公式に安全に関して30年何も言ってきませんでした。この過程で安全神話が形成されて来てしまいました。この失敗を繰り返すことなく、原発の最終的な結末に至る道筋など、全体像の議論と提言を続けていきます。避難指示区域の解除を開始していますが、その中で戻らない人も増えています。福島では8万人のうち5万人は県外に移住しています。戻りたい人も戻りたくない人も共に被災者ですから、それぞれの今後の生活設計に合わせて支援することが重要です。」

 

セッション3「福島の現状から脱原発の未来を創造する」では、福島生協理事の佐藤一夫氏は震災以降、福島の生協がどのような活動を行ってきたのかを映像を交えて発表された。「原発事故はまだ終わっていないということは、福島県民にとっては疑いようのない事実ですが、しかし国民一般の意識の中ではすでに過去のできごとになりつつあることに懸念を私たちは抱かざるをえません。生協では福島の子ども保養プロジェクトを行っています。しかしメディアによって実害は心配するほどではないと伝えられると、子ども保養事業を否定的にとらえる人も増えてきました。福島は大丈夫なんだから必要ないという人が現れました。しかし親子に寄り添った活動を求めるニーズが大きく、累積被曝を低減することもできます。」

 

福島大学の小山良太氏より「風評被害が収まらないのは基本的な法律の枠組みが作られない中で、本当の安全性を確認できる体制がいまだに構築できていないということが問題だと思います。例えばセシウムの沈着量を見れば、福島県の海側は当然多いが会津の方は少ないです。逆に隣接する県の方が高いケースもあります。しかし検査するのは福島県のみ、除染するのも福島県のみです。これでは一般消費者に福島のものは危険だと思われてしまいます。風評被害の最大の問題は、原発を再稼働したい政府による「放射能安全神話」によって、福島で真面目に検査している人まで疑われてしまうということです。これが風評被害の最大の問題だと思います。すなわち、もっと体系的な食品安全検査を法整備することで行政も具体的に動けるようにすることが重要です。」

 

JA福島中央会の川上雅則氏は愛嬌のある福島弁で話された。「福島の農業は少しずつ回復していることもありますが、他県には大きく後れを取っています。除染や土壌の汚染状況検査など管理徹底しているが、農畜産物価格が回復しません。そこで震災前に戻るのではなく再生可能エネルギー事業を取り組むことができないかと考えています。売電による収入の増加も図ることができますし、発電の熱で施設園芸が可能になり、畜産によるし尿を発電用に、ガスを発生させた残渣は肥料に活用することができます。これにより地域資源を地域内で循環させることができます。この取り組みを、地域で出来る範囲でやっていくことがとっても大事であると思います。」

 

東京海洋大学の濱田武士氏より「福島県の水産物の放射性物質調査実績によれば、100Bq/kgを超える海産種は事故直後の57.7%から下がり続け、ここ半年は1.6%くらいを推移しています。100Bqをどう見るかは議論の余地がありますが、福島県以外でいえば検査で100Bqを超えるものは一件もありませんでした。しかし消費者からすると汚染水問題などの影響で海洋汚染は共通認識になっており、東電、行政への不信感がそのまま漁業者に直撃しているという問題があります。」

 

セッション4「市民として取り組むべきこと―脱原発社会を創造するための方法―」では脱原発のために「一人でできること、仲間と出来ること」を具体的に出し合い、最後はゼロノミクマ君と参加者みんなで一緒に「原発ゼロー!」と宣言して幕を閉じた。