2014年8月23日土曜日

キャンプから帰ってきて考えたこと

キャンプ前の準備運動。
電話もネットも通じないキャンプ場で4日間、
子ども達と川に飛び込んで、ダムを作って、
火を起こして、料理をしてきました。

ダッチオーブンで鶏の丸焼き


大学の時からお世話になっている鶴ヶ島学童の教育者と、
小学校の教員や児童館の指導員をなど彼の周りに集まるプロ意識のある若者。
そして、ボランティアの学生達と、夜な夜な子どものために何ができるのかを話し合いました。

鶴ヶ島学童の教育者は「プールの監視員には絶対になってはいけない」と言います。
飛び込んだりするとプールの監視員は「やめなさい」と子どもを制止します。

その時子どもは「危険だから怒られた。自分の命を守ってくれた。」とは思わない。
ただ「あの監視員むかつく」と思うだけ。それは大人でもそうだと思う。

「子どもの泳げるレベルと水の深さ、流れの速さなどを考慮して、
その子に合わせた危機管理をするべき」と言う。

これには一定の基準がない。
例えば、川にロープを張って「ここから先は行ってはいけません。」というような子どもの管理はとても楽だ。

しかし、あえて画一的な基準を設けずに子ども一人ひとりに合わせた危機管理をすることによって子どもの冒険心やドキドキを最大限に発揮させることができる。当然、事故を避けるための声かけはした。でも子どもにとって大人が監視や管理をしてくるウザい存在にならないことは常に心がけていた。

「石を投げてはいけません」

こんな言い方ではその場でやめさせることはできても、「なぜ今、ここで投げてはいけないのか」考えることまでできるだろうか。「危ないから、子どものためだから」という言葉は伝わっているのか。自分の不安を取り除くことが、子どもの可能性を狭めてしまっているかもしれないのだ。

これは子どもといる時に多く考えることだが、
もちろん子どもだけに当てはまることではない。