2015年1月31日土曜日

「ヒロシマからの出発」14歳で被爆した橋爪文さんとお会いして。




何度も橋爪文さんの文章を読み、そして実際にお会いする機会も与えられたことをとても感謝しています。紹介してくださった田辺公子さん。どうもありがとうございます。

昨日は文さんに、着物で世界を旅してきた伊藤研人君を紹介しました。

最初は「被爆者」の一人としての文さん。と感じていたのですが、何度もお会いする中で、旅の話、世界の戦争の話など色々なお話を聞かせていただき、また僕ら若者の話も聞いていただきました。特に昨日は本当に楽しくて、文さんが「詩人」であり「旅人」であり「おもしろ」い「女性」だと思いました。

うまく伝えるのは難しいのですが親しみと尊敬を込めた「友達」という関係というか。原爆の影響や、恐ろしさというような「情報」はもうあまり聞きたくないというか、耳をふさぎたい。。。という気持ちも正直あるのですが、文さんとお会いして、話を聞かせていただく中で、文さんが当時、どんな体験をして、どんな思いを持ったのか、今はどう感じているのか。などを「教えられる」ということではなく、「知りたい!」と自然に思うようになったのです。

僕は「世界人類、みんな仲良く平和に生きていきたい」と思いますが、想像力がそこまで及びませんし、できることもある意味限られています。世界には溢れるほどいろいろな問題があってどれも差し迫っている。

「原発」も「原爆」もそのなかの一つ。

人が何に焦点を当てて生きていくのか。
なんの問題を解決したいと思うのか。

僕は「原子力」をずっと考えていくことになると思います。

そして、昨日は研人くんと一緒でした。
「日本だからこそできることがある」世界を周ってきた彼には自信と説得力がありました。
僕もそう思うところがあります。文さんもこのビジョンに大きく頷いてらっしゃいました。

「平和」も「原爆」も「戦争」も言葉ではないのです。

今の置かれている状況は、厳しいかもしれませんが、
流されるのではなく、疑問があるときにはフッと立ち止まって、
なぜ?と「疑問符」を持ち続けることを大切にしたいと思います。

60を過ぎても学び続け、70を過ぎても旅を続けて、
74歳になっても自分を表現し続ける文さんに大いなる刺激と希望をいただきました。
遅すぎることはない。いつだって、チャレンジすればいいのです。

文さんの最新の本はこちらです。橋爪さんの半生と思いが綴られています。
単なる悲惨な話ではありません。文さんの被爆体験からは人間の底知れぬ生命力と愛が伝わって来るのです。