2016年2月28日日曜日

「もったいないけど捨てよう」


「もったいないけど捨てよう」

写真はドイツでデポジット(25セント)のついた缶を拾っている僕。
全然捨てられてない笑



「捨てる」という言葉に抵抗がある人がいるかもしれないし、
僕自身もそうなのですが、捨てることによって何が得られるのか考えます。

僕は食べ物が捨てられてしまうのが嫌です。
他の人の食べ残しや飲み残しなども普通に食べます。

周りの人から引かれるのですが、レストランや居酒屋で、隣のテーブルの人たちが、美味しそうなものを大量に残していくときは、一声かけて、いただくこともあります。それで、店員と口喧嘩になったりすると厄介なのですが、それはまたそれ。

ドイツのオクトバーフェストでも大量に飲み残していく人たちのビールをかき集めて飲んでましたね。ビール高かったけど、ほとんどお金使わなかったな、ハハハ笑。

でもそれは、僕がそれを必要としている時の話。
プレゼントでも無い限り、必要なもの以外はもらわない。

「お腹がいっぱいだけど、
もったいないから無理して食べる」

これを僕はやめました。
もったいないけど残す。捨てる。




問題は残すことにあるのではなく、
注文しすぎ、買い過ぎ、作り過ぎにあります。

もったいないけど、捨てる

食べ過ぎると眠くなったり、太ったり、
その後の人生のパフォーマンスに悪影響を与えないためにも、
僕は捨てるという選択をとります。



今日「日本食レストランで働くことを辞めた。」という話を知人にしたのですが、それが話の流れとして「もったいない」という話になりました。

もったいないの考え方の軸は過去にあります。

教員免許があるのに、それを活かさないともったいない。

ドイツ語ができるのにもったいない。

日本食レストランで働けるチャンスがあったのにもったいない。


はい。確かにもったいないかもしれない。
めったにない機会かもしれない。
過去の経験を活かせる方がいいでしょう。


でも、それと自分がやりたいこと、これから築き上げていきたいものが違うかもしれない。

いいじゃないですか。
ケツメイシのように薬剤師の免許を持った歌手がいても。
このブログのように先生が世界一周の旅に出ても。




↑捨てるためのバイブル