2016年7月7日木曜日

村上春樹 に出会った後の世界



ぼくは今、ロンドンにいる。
そこでひたすら村上春樹を読んでいる。
「いったい何をしているんだろう。」
と何度思っただろう。

いくら歩いても飽きないロンドンで、である。

赤い塗料が何度も塗り重ねられた二階建てバスが、すごい音を立てて吐き出す少し喉に引っかかる空気も悪くない。いろんな言葉が飛び交っているのにも驚いた。これが本当の国際都市か。全く理解できなかったし、本当に彼らがコミュニケーションを取れているの疑いたくなった。よく聞くとそれがなまりの強い英語だったのだと気付き、それにはさらに驚いた。


時間があれば、ひたすら散歩していたかった。
特に今日みたいなロンドンらしからぬ真っ青な空に似合う太陽が、
ロンドンらしいビクトリア調の白い建築物が眩しく輝き、
陰になる部分との対比でうまく写真が撮れない。
そんな日には。



ぼくはそしてどうしようもなく、なにかを書きたい気持ちになり、いつもの道を歩いて、いつものパブに行き、そしてビールを飲んでいる。

とりとめもなく、思い浮かぶ言葉。
その全てが美しく、そして貴重なものに思えてくる。
そしてその全てを書き留めたいという衝動にかられる。



「読書がおもしろい」とはこういうことなのかと思った。

うちの親はぼくが小さい時から本を読むことを勧めた。
この本が読みたい、と言えば、可能な限りすぐに喜んで買ってくれたし、
本を読んでいるぼくを満足そうに見ていたし、
ぼくもそんな視線を感じて嬉しく思っていた。
(ちなみにゲームは親から悪魔のように嫌われていた)

「本を読むのがいいことだ」ということはなんとなく感じていた。
でも本を読むことはぼくにとって、
ある時は義務であり、
ある時はいいわけであり、
そして暇つぶしであった。

活字は新聞で追う方がよっぽど好きだった。

パブを出て、足の向く方へなんとなく歩き始めた。
少し酔っ払った頭に浮かぶ言葉をつなぎあわせていく。


ぼくは村上春樹を通して、本に出会った。
そして本を通して、村上春樹に出会った。


ぼくはこれから彼と本に出会った後の人生を生きることになる。

感度のよくなったアンテナで世界をもう一度キャッチしてみる。

暮れそうで暮れない夕焼けを眺めながらベンチに座る。

飛行機が空を横切る。
今日はずいぶんゆっくり飛んでいるように感じる。

新しいアンテナで捉えた情報をおでこの前にふわっと浮かべてみる。
それを、もう一度いろんな方向から、見て触って嗅いでみる。
味わい直して言葉を選ぶ。
すべての過程が、一瞬に同時に、断続的にしかも勝手に進行していく。

ロンドンは飛行機が多い。
何度もそれが空を横切り、そしてあたりは暗くなった。
彼の作品を全て読み終えてしまうのが怖いと思った。
帰ってまた彼の言葉に触れるのが楽しみでもあった。