2016年8月31日水曜日

ドイツ人とNo plan is Best plan

予定は未定がベストプラン。


【1日目】「え、日本語に興味あるの?」
先週の月曜日、偶然ミートアップで出会った僕たち4人。
右から日本人のまりん、ドイツ人のアレックス、ロール。
出会った時からなぜか、意気投合してミートアップのはしごすることに。

「ミートアップ」というのはネット上でイベント告知と参加表明ができる便利なサイト。ぼくはこれをよく使って、無料の英語教室やコミュニティーに参加している。

彼らは日本の言葉や文化に興味を持っていて、知識も豊富。芸術の話から政治の話、仏教と神道の違いなど、いろんなトピックに飛びながら話が進んだ。



別れ際には「また会いたいね」という話になり、次の日はハイドパークにピクニックに行くことになった。


【2日目】ハイドパークでピクニック
12時マーブルアーチに集まって、公園へ。
まりんの作ってくれた唐揚げや、卵焼き、
スペイン風?チャーハンなどに歓声が上がる。

アレックスとロールは飲み物を買ってきてくれて、
ぼくはつまみにナチョスと、
得意のチョコレートクランチを作って持って行った。

昼間からビールとサイダーとワインを開けて、
芝生に寝転がりながら、その日もいろんな話をした。

それでも話し足りず、イギリスの有名なタイレストランへ。



花と観葉植物で覆われたお値段も手頃ないい感じのお店。


近くのパブに移って、ここでも1杯。いや、みんな2杯飲んだな。




話の中で明日がまりんの誕生日だということが判明し、
次の日はまりんの家で誕生日会をすることに。

【3日目】まりんの誕生日パーティー



まりん指揮のもと、みんなで協力して昼ご飯を作っている図


美味しそうな恐竜

アレックスとロールからは、クマのぬいぐるみ。
ぼくからはケーキをプレゼントしました。



ロシアで生まれたアレックスからロシアの「デユラーク」というカードゲームを教えてもらってみんなでやってみた。ぼくはうまく嘘をつくことができないので「人狼ゲーム」とかは泣きたくなるほど、いや実際に泣くほど嫌いなんだけど、こういう運と論理を駆使して戦うゲームは得意。ほとんど負けない。ふふふ。

【4日目】
夜中に集まって一緒に日本のお茶漬けを食べる会。

【5日目】
ロールとアレックスのロンドン滞在最終日、
バラ・マーケットで待ち合わせて、お昼ご飯を食べて、
ぼくのオススメしたテイト現代美術館へ。



モダンアートは
「どこがいいのかわからない」
「とっつきにくい」
と思われている節もあるけど、ぼくは大好き。

モダンアートを通して「自分の内側への冒険」を楽しむ。
これは何を表しているのか、それとも何も表していないのか。
美しいと思うのはなぜか、これが好きではないと思うのはなぜか。
これは何でできているのか。どうやって作られたのか。

そして他の人はこれをどう見るか、どう感じるか。
知識も経験もいらない。自由な解釈、意味づけ、沸き起こる感情。

立ち止まってその物と向き合って呼吸すること。
日々、いろんな人や、物をみて感じているなのに、
見過ごしてしまっていることに気づく。



そのあとは、水量の減ったテムズ川沿いで「宝探し」
サッカーボール、シーグラス、クレイパイプ、レンガの欠片、ゴミ、
綺麗な石、動物の骨などなどを集めて各々見せ合った。

その後、まりんは仕事へ。
ぼくらはロンドン最後の夕食にふさわしいフィッシュアンドチップスを食べつつ、ドイツ語と英語と日本語を交えて話し、お互いに教え合いながら、その時も色々話をして、別れた。
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アレックスとロールは全く予定を決めずにロンドンに来て、
まりんとぼくに会い、結局5日間連続で一緒に遊んだ。

ぼくにもまりんにも仕事の合間に時間が結構あったし、
こうやって旅して、こうやって生きていけたら最高だって改めて思った。

No plan is Best plan

時間的余裕と精神的余裕で、
旅も人生もいくらでも楽しくなる。

ありがとう みんな。
忘れられない5日間でした。

Photo by Alex, Raoul, Marin, Ken.

2016年8月30日火曜日

しばけんの奔走TV まりんさんにロンドンライフなどについてお聞きしました。


今回のしばけんTVは「おの まりん」さんをゲストに招いて、
ロンドンからお送りします。

まりんさんは、
英会話のミートアップで出会い、
好きなことも、嫌いなことも、
人の価値観や印象に触れるきわどいことも、
ズバズバ語ってくれるとても気持ちのいい女性。

今日もどんな話が飛び出すかわからず、
ぼくも楽しみにしています。

とりあえずのトークテーマはこちら。
「ミートアップで出会ったドイツ人の話」
「イギリスでの恋と恋愛観」
「まりんさんの幸せとは何か」
「ゴミを撒き散らすイギリスのお祭りについてどう思うか」
「生きるのが下手くそな人へ」

質問なども随時受け付けています。

日本時間
8月30日(火) 21時〜

イギリス アイランド時間
8月30日(火) 13時〜

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ライブで見てくださった方々どうもありがとうございました。
こちらからアーカイブをご覧いただけます。



印象に残っているのは
「好きな人以外から恋愛対象に見られたくない」
という言葉。

ぼくは基本的に、
いろんな人から愛されたいと思っているし、
他の人も「愛されたい」という気持ちでいるのかと思っていたのだけれど、
どうやらそうでもないようです。
これは次回に掘り下げていきたいと思います。

2016年8月29日月曜日

ボストンからリンケンへ











偶然、パブで出会ったアレックスに、
ボストンのあるリンケンシャーの首都リンケンまで連れてきてもらった。
こちらも大学のある大きな街。

お城へ続く坂の途中にはおみやげ屋さんが並び、
京都の清水寺を思い出した。

アレックスは日本語を勉強中で、
パブで彼が突然、日本語を話し始めた時にはとても驚いた。
彼はイギリス最大級の野外フェスイベントに参加中で、
投票できなかったが、EU離脱を悔いていると話してくれた。

家に泊めてくれて、シャワーも浴びさせてくれて、
しかもリンケンまで観光に連れて行ってくれた。

アレックスは日本に来たいと言っているので、
またどこかで会えるのが楽しみだ。

2016年8月28日日曜日

日本の魅力とは?「新潟県関川村の魅力を伝える英文情報誌 Sparkle」


日本の田舎の魅力を英語で伝える情報誌を作るための
クラウドファンディングを先日知った。
はじめまして。川﨑 Pattyです。
新潟の県北にある雪深い農村、関川村に住んで8年になります。私の地元のツーソン市(米国、アリゾナ州)と正反対の環境ですが、この村が大好きです。
村の美しい景色と村民の温かな心に日々満たされる中で、村のために自分ができることをしたいと思いました。その思いから生まれたのが、今年の3月に完成した、村の支援で作成し、県外、海外に送った英文情報誌「Sparkle」1号です。
そして、今、わたしたちは「Sparkle」2号を作る為に準備を進めています。

海外でも日本のサブカルや「TOKYO」などの情報は数多く発信されているが、
このような英語の「田舎」情報誌は聞いたことがない。

日本の田舎の素晴らしさを知っている外国人は多くはない、
いや日本人ですら気づいていない人もいるのだから無理もない。

大量にエネルギーを消費して生きていく時代は終わる。
物質的豊かさを追い求めても幸せにはなれない。




日本の田舎は希望なのだ。
持続可能な生活と、精神的な豊かさがそこにはある。

もっと外に向けて日本の魅力を発信すべきだし、
世界には田舎の魅力に共感し、協働したいという人がいる。


ぼくは5,000円だけど支援しました。
新潟県関川村の英文情報誌プロジェクト応援しています。

2016年8月27日土曜日

帰国後 初講演は大阪シアターセブンにて



シアターセブン・プレミアムトーク
東西南北縦横斜め




イベント内容
言論・報道・表現の世界では急速に「自粛・萎縮」の空気が蔓延し、日本の言論状況はかなり息苦しいものになりつつあります。それに抗して、政治権力のみならず何ものにも囚われることなく自由に発言し語り合う場を日本各地で設けなければならない。そういう思いを胸に、京阪神の要となる大阪・十三の地で、2016年3月よりこのトークライブをスタートさせました。ジャーナリストの今井一氏を聞き手に、政治・経済、芸能・文化、社会、メディア等々さまざまな分野の人が登場し、知的で刺激的な語り合いの場をつくっています。あなたもこの空間に足を踏み入れてください。
[第19回]11/20(日) 14:00~
大芝健太郎(ジャーナリスト)
2012年以降、リトアニア、ブルガリア、ドイツ(シェーナウ、ベルリン)、スコットランド、イギリス…と、この5年間、欧州各国で実施された「原発」「独立」「EU離脱」などをテーマとした歴史的な国民投票、住民投票の取材を重ねてきた大芝が、11月に日本へ帰国。時間と労力を費やす現場取材をした者にしかわからない具体的で深い報告を行う。あわせて、日本初の国民投票実施の可能性が高まる中、間接民主制とは異なる直接民主制の魅力と特徴についても語る。

詳細はHPより
http://www.theater-seven.com/2016/event_touzainanboku01.html

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帰国してから初めての講演は、
大阪十三の劇場シアターセブンで企画していただきました。
ありがとうございます。

11月初めに帰国後、まずはすぐに沖縄 辺野古 高江へ。

2月まではとりあえず日本にとどまるつもりなので、
その間にいろいろアウトプットしていくつもりです。
他にも機会をいただけたら嬉しいです。

2016年8月24日水曜日

脱原発テントの活動は不毛だったか。





2010年、ぼくは全国の農家さんを訪ね歩いていた。その時に出会った同じ歳のましゃ。あれから6年。ぼくは相変わらず、フラフラしているけれど、彼は今もあの日の道を貫いて生きている。

そんな彼のブログをいつも楽しみに読ませてもらっているのだが、先日の彼の投稿に考えさせられる記事があったので、今日はそれについて。

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脱原発テントが撤去されたニュースを受けて


脱原発って運動をやって何の意味があるんでしょうかね?
それで議論が前に進むのでしょうか?
甚だ疑問です???
(略)

そんな不毛なことをするんだったら、原発じゃなくて新しいエネルギーを開発を支援したりとか他にやり方はたくさんあると思いますし、その方が脱原発とか反原発とか言っているより100倍マシじゃないでしょうか?

反対反対って叫んでても何が変わるのでしょうか?
例えばぼくが農薬反対!
TPP反対!
遺伝子組み換え作物反対!
一夫一妻制反対!???(笑)
化学合成添加物反対!
とか叫んでも状況が変わるわけないでしょ!  
http://kakinokimata.jp/breaking-with-nuclear-power-generationより



原発の反対運動というのは、よくある例えだが、
火事が起こっている時に火を消そうとすることだと思っている。

「火事などの災害に強い街にしましょう。」
「実際に私は耐火型の家を建てます。」
というのは大事だが、
消火活動をないがしろにしてはいけない。

折しも日本では山口県の上関に新しい原発を建てようとしていたりする現在進行形の問題である。これに反対の声を上げることはとても重要なことだと思う。

こういう議論を始めると、
「反対するより、ポジティブに自分ができること、
身の回りの省エネをするべき。」
という声も上がってくる。

ぼくは、どちらが重要と言うつもりはないが、身の回りの省エネをしてれば原発が止まると思ってる人がもしいるとしたら、話がしてみたい。

「原発反対」と言っていれば、原発が止まるわけではないが、
「原発反対」と言わなければ、止まらない。



人にはそれぞれ役割があって、
火を消す消防士も必要だし、
災害に強い設計をする建築士も必要、
実際に建てる大工も必要という話。

原発を止める人と、
省エネする人と、
再生可能エネルギーを進めるか、
何が好きかってだけの話。

実際にヨーロッパでは、「遺伝子組み換え作物反対!」運動の成果もあり、ほとんど(特定のとうもろこししか)遺伝子組み換えは栽培されてない。

参考 GMOを公式に禁止した国にポーランドが加わり、欧州で14カ国目となる


実際に変わるには一定数が必要だというだけだし、
変わらなければ意味がないというわけでもない。

社会との関わり方、変え方は多様である。




あと、同時にパートナーとの関係性も多様であっていいと思う。
というわけで多夫多妻制、ぼくもいいと思う。

2016年8月22日月曜日

世界の国民投票を見てきて日本について、今思うこと。

ベルリン電力の電力再自治化を問う住民投票


リトアニア、ブルガリア、ベルリン、スイス、スコットランド、イギリス
日本では大阪の都構想を問うもの、与那国島の自衛隊配備の是非を住民投票、伊賀市の市庁舎建て替えを問う住民投票、

政府のプロパガンダや、デマの拡散、国民の分断、誤った情報を元にした投票、
低投票率など。

現在、日本で取りざたされている国民投票で心配されていることは全て起こると思って間違いない。


詳しくは以下の投稿より。
イギリスの国民投票を巡る日本の報道のレベルの低さ

心配されている事態は起こる。
しかし問題があるからといって
即、国民投票を否定すべきではない。
それに備える準備は今から可能なのだから、
問題を軽減するためにエネルギーを注ぐべきである。



「国民はメディアに騙されやすい」
「国民は短期的な利益しか考えられない」
「国民はバカだ」

しかしそれでも国民投票で重要なことは決めるべき。
それはなぜか、それは主権者は議員ではなく、専門家でもなく、
メディアでもなく市民であり国民だから。

この結論に至るには以下のスイス人の学生へのインタビューが心に残っている。

「直接民主主義は完璧ではないので、間違った選択をしてしまうのもしょうがない。でも間違った選択をしてしまう可能性があるからと言って直接民主主義を否定する理由にはならない。時には失望しそうな結果になることもあるけれど、直接民主主義をやめた方がいいと思ったことはない。なぜかというと、議員だって間違える可能性があるから。法律は国民全員の気持ちをきちんと表す必要がある。だから国民投票が必要なのだ。」



スコットランドの「独立」をかけた住民投票から2年
独立は果たされなかったものの、彼らは自分たちで独立するべきか否かを決める力があることを知っているし、しかもその力を「感じて」いる。

日本では今年の夏の参議院選挙で憲法改正の発議が争点の一つになったが、
憲法を変えるか、変えないか、それが市民、国民の一票にかかっているということを感じられているだろうか。知っているのと感じているのは大きく違う。

自民党の改憲案は到底、看過できないが、
憲法を変えるか、変えないか、
それは一度、国民投票にかけられるべきだ。

国民投票にかけられてこそ、自分たちが選んでこそ、
憲法が尊いものなのか、そして脆いものなのか感じることができる。
憲法が自分たちのものであることを「感じる」ことができるのではないか。

今の日本に必要なのは、
「発議させない運動」ではなく、
いかに現憲法が重要かを説き、
「現憲法を選び直すための運動」である。

2016年8月20日土曜日

次の日はポーランド人に起こされた。

リトアニア人に起こされた次の日の夜。
寝ていたら今度はポーランド人に起こされて、
「大丈夫か?仕事も住むところも紹介してやる。とにかくついてこい。」と。
彼は夜中までの仕事が終わり、
家に帰る途中でぼくをみつけ、
声をかけてくれたのだ。

「ボストンは危ない町だ。外で寝るなら俺はシェルターを知っている」と言う。
そして連れてきてもらったのは、アパートのゴミ置場だった。

彼は「ここなら暖かいし、雨も心配ない」と教えてくれた。
写真の壊れたドアをすり抜けたところが小部屋になっている。


誰かが寝ていた痕跡がある。冬だったらとてもここは外で寝られるような環境じゃない。シェルターとして使われていたのだろう。あまりの寒さに、中で寝ていた人が外の壁紙を剥がして床に敷いたのだろう。

「問題ないから中で寝ろ」と彼は推した。
でもぼくはこの中に入ることは頑なに拒否した。

彼は悪い人ではないと思っていたが、もし万が一そこで何かされたら、
逃げられないし、誰からも目につかないからだ。
それに彼は1人だったのも少し警戒した。何も持たぬもののふりをした。
彼の前では携帯もカメラも一切出さなかった。
ここにある写真は全部、彼が去ってから撮影したものである。

ぼくは「ありがとう。」と丁寧に言った。
そして彼は
「明日の朝5時(2時間後)にまた起きて仕事に行かなくてはならない。でも仕事が終わったら時間があるから君の何か手伝いできると思う。14時にここで待ち合わせをしよう。」
と言って自分の家に帰って行った。ぼくはまたお礼を行った。

彼は持っていたビールを一本くれた。ポーランドのビールだという。
それを飲みながら1人考えた。



彼は英語が不自由で、言葉は直接的で高圧的だったが、
最後まで、ぼくを助けようとしてくれた。

「リトアニア人は特に危ない」と彼は言った。
ぼくは「昨日はリトアニア人に助けてもらった、ビールをご馳走してくれて、
そのあと一緒に遊んだ」と言った。
彼は「ふーん」と気のない返事をした。


別れるまで彼は何度も言った。
「ぼくは強い。だからここでもやっていける。
そしてもっと強くならなければならない。
君ももっと強くならなければいけない。」
彼のいる世界はそれほど過酷な環境なのだ。
そして圧倒的弱者(に見える)のぼくを全力で助けてくれた。

リトアニア人も、ポーランド人も優しいのだが、それぞれが自分たちの生きる場所を守るために必死だ。言葉の壁も文化の壁も、ここではそれが仕事や生活に結びついている。

ぼくはビールを飲み終えると、そのシェルターを出て、
また適当なベンチで、軽く眠った。

次の日。「14時にシェルターにおいで」と言われたので、
別に何かしてもらうつもりでもないが、
彼にぼくを待たせてしまうのは申し訳ないので
シェルターに行ったが、彼はおらず、
14時半まで待っても現れなかった。

旅先の口約束はこんなもんだ。
でもありがとう。ポーランド人の彼。


2016年8月19日金曜日

「なんでこんなところで寝ているんだ」



スーパーの前にいい感じのベンチを見つけて、眠りについた。
ボストンに到着して初めての夜。


突然、肩をゆすられて、
びっくりして飛び起きた。

そこには若者2人がいた。
まだ真夜中である。
何が起きたのかわからない。

若者「なんでこんなところで寝ているんだ」
ぼくより不自由な英語、そしてかなり酔っ払っているようだ。
なかなか聞き取れない。


ぼく「旅してるんだ。イギリスを。」

若者「でも、なんでこんなところで寝ているんだ」

ぼく「ホテルに泊まっても面白くないからさ」

若者「???…ホームレスなのか?」

ぼく「そんな感じだね。」

若者「住む家を探してやる。仕事も探してやるから。
仕事をしなくちゃダメじゃないか。」

ぼく「ありがとう。でも俺は旅してるから、
旅した経験を人に伝えるのが仕事なんだ。」


若者「??でもなんでこんなところに寝ているんだ」


彼らは明らかに、
ベンチで寝ていたぼくのことをバカにしていた。
上から目線であったし、ぼくのことを非難してきた。
でも、ぼくはバカにされていることに気づかないふりをして、
愛嬌よく振る舞った。

自分のライフスタイルを非難してくる人と、
戦う必要はない。彼らは理解していないだけ。
理解できないものは恐ろしいもの。
恐ろしいものはなくしたいものなのだ。

彼らの気持ちは理解できる。


このやりとりが何度か続いたあと、

若者「ビール飲むか?」

と誘ってくれた。
迷ったけど、彼らと飲むことにした。

英語が不自由でかなり酔っ払っているEdgaras.(Ed)
素朴で英語がいくらかしゃべれるLukas.
2人ともリトアニア人だそうだ。


ぼくがリトアニアに原発国民投票の取材に行った時の話などをしながら
24時間営業のスーパーへ。


ビールを選んでいると、
恰幅のいい警備員がやってきて、
ベロベロに酔っ払ったEdを見て、

「君にはアルコールは売れない」と。

するとEdは
「Change your eyes (あなたの目、取り替えたほうがいいよ)」と返し、
そのまま警備員に連れて行かれた。

残されたらぼくとLukasは彼の分のビールも買い、
スーパーの前で待ち合わせた。

Coronaビールがお気に入りのようだ。

Edは怒っていた。
「酔っ払ってないのに!」店の外にあった
カートを蹴り飛ばす。

ぼくは驚いて、
「いや、明らかに君は酔っ払ってるし、
カートは何も悪くないと思うけど」
と笑いながら言った。

Edは「それもそうだ」と
その時は怒りを鎮めたかに見えたが、

少し歩き出すと、
今度は外で飲んでいた別のグループが絡んできて、
罵声をかけあっている。

虚勢を張る。
これが彼らの日常なんだ。

19歳。
働くために母国リトアニアから
イギリスのここボストンへ。


Lukasの付き合い始めたばかりの彼女もやってきて、
ベンチに座って4人で飲み始めた。


Coronaビールが彼らのお気に入り

そして近くにあったショッピングカートで遊び出す






ぼくも入れてもらった。


イギリスにはいたるところに監視カメラが、設置されていることで有名ですが、ぼくらの様子も監視されていたらしく、いきなり警察がやってきて、「ビールを捨てろ」「身分証明書を出せ。」と迫ってきました。イギリスでは公共の場所での飲酒は禁止されている。公園でもどこでも、飲んでいる人がたくさんいるのだが、法律的には500ポンド以下の罰金になる。

一通り、ぼくらのIDを調べた後で「ゴミはきちんと片付けていってね」と周りに飲み終わって、投げ捨てられ割れて散らばった瓶の残骸を横目に見ながら去って行った。



明け方、農場や食品加工場に向かうバスに乗り込む労働者たち。やはり東欧系の人たちが目立つ。LukasとEdも普段はこのバスに乗って、仕事に行くのだそうな。食品加工場は夜中も稼働している。この朝のバスで自宅に帰ってくる人もいる。

Lukasたちは明るくなってきたところで帰っていった。
ぼくはベンチに残された、飲みかけのビールや空き缶などをまとめて捨てて、
元いたベンチに戻ってもう一眠りした。

2016年8月18日木曜日

国民投票で75%がEU離脱に投票したボストンとはどんな街か








ヒッチハイクで降ろしてもらった場所から、
地平線まで広がる麦畑を横目に、歩くこと2時間ちょっと。

ボストンの街に入ると行き交う人々から
聞こえてくる言葉がそれぞれ英語ではないことに驚く。

しかもアジア人や、黒人はほとんどいない。
東欧系の移民ばかりの印象であった。


公園でサッカーをする移民の人たち。

公園のベンチは横になれないようになっている。


公園の注意書きには、英語だけではなく、他の国の言語も。
観光地でスペイン語とかドイツ語とかを見ることはあるが、
このような表示は初めて見た。
ボストンのウェストストリートには東欧系移民向けのお店が連なっている。




週末には広場でマーケットが開かれる。



この街の人口は64,000人、
ロンドンに次ぎ移民の流入しており、
2004年から2014年にかけて移民の増加率は460%にも及ぶ。
現在、人口の12%はイギリス以外のEU移民で占められているとされているが、
実際には申請されていない移民も多い

こじんまりとした街で、
教会の前には広場があり、土曜日にはマーケットが開かれる。
街の中心の大きなパブには昼間からイギリス人の高齢の方々が、
ビールを飲んで談笑をしている。目があうとニコッと微笑んでくれる。

全体的に体の大きい太った人が多い、貧困層の多い街の特徴である。
マーケットの物価も安い。観光客らしき人は夏のシーズンでもほとんど見られない。

周りを畑で囲まれた農業の街である。
移民はポーランドやリトアニア、ラトビアなどからで
主に、農作業をしたり、食料加工の工場で働いている。


続く。




参考
http://www.newstatesman.com/politics/uk/2016/07/view-brexitland-boston-town-voted-strongest-leave-eu









2016年8月17日水曜日

ロンドンで自転車を乗り回したい人へ


買ってから一ヶ月しか使っていないのですが、
ロンドンを離れるのでどなたかに使っていただけたらと思っています。

乗り降りしやすいママチャリ型のフレームです。

イギリスの掲示板で75£で購入しました。
そしてその自転車には鍵が付いていなかったので、
ロンドンでは盗難に遭う可能性がある(安い鍵でも)とのことで、
35£のABUSの頑丈な鍵を購入。

挟めるようになっている荷台もあるので
買い物や、飲み物など挟めて、使い勝手がいいです。



ロンドンは東京のように、
バスや、地下鉄などが行き届いていているので、
車や、自転車なしでも生活できますが、

乗り換えなど、とても面倒ですし、
待つストレスもなく、お金もかからず、健康的。
なにより、自転車は圧倒的に早いですし爽快です。

ギアはありませんが、坂のないロンドン市内は、
全く問題なく使えました。

一度、自転車の便利さに気づいてしまったぼくは、
どこでも自転車が欠かせないのですが、
ぼくは間もなくロンドンを離れるので、
どなたか使っていただける方を探しています。

75£の自転車、35£の鍵で110£ですが、
現在99£で掲示板で募集しています。

しかしこのブログを読んで連絡を下さった方には、
鍵付きで75£など柔軟にお渡ししたいと思います。

もし、お金はないけど、
「どうしても自転車が欲しい」
という事情がある方は、またその旨教えてください。


毎日メールはチェックしているので、
右の連絡フォームからが、スムーズかと思います。

ロンドン市内(必要とあればロンドン外でも)
どこでもお届けします。




ちなみに日本の街乗りは
台湾のブランドGiantの
クロスバイクがオススメです

2016年8月11日木曜日

朝起きたら、オレンジとバーが枕元に




朝起きたら、
傍にオレンジとバーが置いてあった。

気づかなかった。
全くの匿名。

この前ガソリンスタンドで
ヒッチハイクをしていた時に
ご飯をご馳走してくれたケースと違う。

今回は
ぼくに気づかれないようにこっそりと
おいてくれた。


きっと明け方だと思う。
夜に一度起きたけど、その時にはなかったはずだ。

明朝の仕事前か、
夜勤明けの労働者の人だろう。

ぼくが寝ていたのは、
彼らの乗り降りするバス停への通勤路になっている。
彼らがぼくを助けてくれた。


ぼくは、リュックサックを鉄の柱にくくりつけ、
財布や携帯など大事なものを身につけ、
万が一襲われないかと、注意を払って眠る。


そして
朝起きたら、オレンジとバーが置いてあったのである。
ぼくが気づかなかったということは、
悪いことだってできたはず。



なんだかそのギャップが
ぼくに嬉しさというか動揺を生み出した。

ボストンにいい印象なんてなかった。
75%がEU離脱に投票した街。

でもぼくは今、ボストンが好きだ。
街は人だ。

ランカスター〜リーズ〜ボストン



ランカスターの田舎道の脇でご飯を食べてたら、
みんな変わったものを見る目でこっちを見てきて、
さらにそこで横になってたら、道行く人がみんな心配してくれた。

ぼくはどこでもいつでも寝られるという
特殊能力を持っているわけだけれども、
やっぱり熟睡していないみたいで、
昼ごはんの後はいつも少し昼寝が必要。

そんなわけで束の間の昼寝の後、
その田舎道でヒッチハイクを始めた。



日本語をしゃべれるイギリス人に乗せてもらった時にも驚いたのだけれど、イギリス旅中にまさか日本人に乗せてもらえるなんて思ってもいなかった。戸惑いと興奮もあり、日本語で矢継ぎ早に質問をして話を聞いた。ともこさんはこちらでデザインや通訳の仕事をされていて、もう20年も経つのだとか。詳しくはこちら http://mrsalderson.co.uk/ 息子さんも、こちらで生活しているが、来年は日本に滞在するのだとか。

15分ほどのドライブだったが、ぼくがヒッチハイクと野宿で旅をしていることも興味を持ってくださって、「頑張ってね」と降ろしてもらったスーパーでサンドイッチやチーズ、チョコレートのお菓子などを買ってくださった。

その後は、
彼女を迎えに行く途中のシートベルトをしない18歳の青年に少しだけ乗せてもらい、

その後はグラントさんに乗せてもらう。
彼はインターナショナルスクールで先生をされている方、
現在はベトナムで教えているそうだが、
夏休みでイギリスに帰国しているのだとか。
彼は国民投票時、ベトナムにいたのだが、
代理投票を通じて「残留」に投票したそうだ。

「離脱に投票した人は、十分に情報が得られていなかっただけ、EU離脱で移民が制限できるかと言えば、そんなことはないし、そもそも働きに来ている若い移民を制限することは高齢化の進むイギリスにとって不利益になるだけだ。」と語る。

それから日本の政治や憲法改正の国民投票の可能性、沖縄の米軍基地の問題、スコットランドの独立運動、ぼくのベトナムの思い出などいろんな話をした。道でばったり会った人とは、ここまで話し込むことはできない。ヒッチハイクで旅をすることを選んで本当に良かったと感じる一時だ。遠いと思っていたリーズもあっという間。彼はわざわざぼくを街の中心まで送って降ろしてくれた。


リーズは週末に行われる性的マイノリティーのパレード
"Leeds Pride"の装飾で彩られていた


街行く人の中には
レインボーのリストバンドをつけている人も


でもリーズ市内はにぎやか過ぎるので郊外へ

この日は、夜中まで歩いていい感じのパブを見つけて、
そこで一杯飲んで、そのパブのビアガーデン用の外のベンチで、
寝かせてもらった(写真撮るの忘れた)

次の日の朝もとにかくヒッチハイクに適当にな場所が見つからなかったので、とにかく歩いた。

ロバさんとウマさん



そのカフェでお会いしたティムさん、運送会社を経営しながら自身もトラックを運転している。彼はEU国民投票では「離脱」に投票したという。
ナンバープレートをよく見るとブルガリアのトラックも停車している

ティムさんは語る。
「イギリスで運送業をやるなら、1マイルで1.4ポンドはもらわなければやってられない。でも例えば、ブルガリアの会社は人件費も安い、トラックも安く買える、保険も安いため、1マイル80ペンスでも請け負う。彼らの流入が続けば、ぼくらのビジネスは続かない。しかも、免許取得も簡単で、左側通行に慣れていないドライバーも多く事故も多い、そして事故が起こった時の保険の支払いも面倒。EU離脱によって、少しでも状況が改善することを期待している。」


トニーさんに連れて来てもらって
ついに目的地のボストンへ

広大な農場が広がるボストン

多くの人の協力のもと、
やっと目的地のボストンまで来ることができた。

期待と不安のボストン
果たしてどんな街なのだろうか。