2016年8月24日水曜日

脱原発テントの活動は不毛だったか。





2010年、ぼくは全国の農家さんを訪ね歩いていた。その時に出会った同じ歳のましゃ。あれから6年。ぼくは相変わらず、フラフラしているけれど、彼は今もあの日の道を貫いて生きている。

そんな彼のブログをいつも楽しみに読ませてもらっているのだが、先日の彼の投稿に考えさせられる記事があったので、今日はそれについて。

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脱原発テントが撤去されたニュースを受けて


脱原発って運動をやって何の意味があるんでしょうかね?
それで議論が前に進むのでしょうか?
甚だ疑問です???
(略)

そんな不毛なことをするんだったら、原発じゃなくて新しいエネルギーを開発を支援したりとか他にやり方はたくさんあると思いますし、その方が脱原発とか反原発とか言っているより100倍マシじゃないでしょうか?

反対反対って叫んでても何が変わるのでしょうか?
例えばぼくが農薬反対!
TPP反対!
遺伝子組み換え作物反対!
一夫一妻制反対!???(笑)
化学合成添加物反対!
とか叫んでも状況が変わるわけないでしょ!  
http://kakinokimata.jp/breaking-with-nuclear-power-generationより



原発の反対運動というのは、よくある例えだが、
火事が起こっている時に火を消そうとすることだと思っている。

「火事などの災害に強い街にしましょう。」
「実際に私は耐火型の家を建てます。」
というのは大事だが、
消火活動をないがしろにしてはいけない。

折しも日本では山口県の上関に新しい原発を建てようとしていたりする現在進行形の問題である。これに反対の声を上げることはとても重要なことだと思う。

こういう議論を始めると、
「反対するより、ポジティブに自分ができること、
身の回りの省エネをするべき。」
という声も上がってくる。

ぼくは、どちらが重要と言うつもりはないが、身の回りの省エネをしてれば原発が止まると思ってる人がもしいるとしたら、話がしてみたい。

「原発反対」と言っていれば、原発が止まるわけではないが、
「原発反対」と言わなければ、止まらない。



人にはそれぞれ役割があって、
火を消す消防士も必要だし、
災害に強い設計をする建築士も必要、
実際に建てる大工も必要という話。

原発を止める人と、
省エネする人と、
再生可能エネルギーを進めるか、
何が好きかってだけの話。

実際にヨーロッパでは、「遺伝子組み換え作物反対!」運動の成果もあり、ほとんど(特定のとうもろこししか)遺伝子組み換えは栽培されてない。

参考 GMOを公式に禁止した国にポーランドが加わり、欧州で14カ国目となる


実際に変わるには一定数が必要だというだけだし、
変わらなければ意味がないというわけでもない。

社会との関わり方、変え方は多様である。




あと、同時にパートナーとの関係性も多様であっていいと思う。
というわけで多夫多妻制、ぼくもいいと思う。