2016年9月23日金曜日

映画「グッバイレーニン」嘘はいけないのではなく不可能


ベルリンで映画をひたすら見るのもいい。
なにしろ、お借りしているフラットの居心地が最高にいいのだ。

築何十年も経っているであろうアパートの最上階6階。
一日中陽の当たるフラット。今日はさっそくバジルを買ってきた。
きっとよく育ってくれると思う。

アイルランドのゴールウェイからベルリンまで2泊3日バスとフェリーを乗り継いで、やってきた。その時に見たのがこの映画。

東西ドイツの統一という時代の波に翻弄される家族の姿を描いたコメディ。昏睡状態中に東西ドイツが統一し、意識を取り戻したがそれを知らない母。息子は母がショックを受けないよう、消滅前の東ドイツを必死に見せ続けようとする…。 Amazon


ドイツ、そしてベルリンがどれだけの混乱の中で統一されたのか。この映画はドイツ内でもかなり評価されていたそうなので、当時の人々の生活が切り取られているのではないかと思う。


映画のテーマは何と言っても「嘘」でしょう。母を守るために必死で嘘をつく息子。

【以下ネタバレあり。】
ついてもいい嘘ってなんだ。母は嘘を望んでいたのか。

もし事実を伝えたとして、母は
「どうして、私に事実を知らせたの?」
と怒るだろうか、悲しむだろうか、嫌な気持ちになるだろうか。

あの息子の嘘は母のためではない、
母に生きていて欲しいと思う息子のためだ。

嘘を吐き続けることはできない

嘘をつくこと、そしてその嘘を隠し通すことは、辛い。
ぼくにとってはどうしようもなく辛い。

最後、息子の彼女ララが、
内緒で母に事実を伝える。

このシーンがこの映画で一番重要だ。
最初は協力していたが、徐々に辛くなってくる。
そして耐えきれなくなる。
人間は嘘をつくことはできるかもしれない。
でも吐き続けることはできない。

「父が他の女についていったというのは嘘だった」
と母も死ぬ直前に懺悔するのだ。


もしあのまま、看病を続けていたらあの息子は、
病気になっていたであろう。


息子は自分のために母に嘘をつき、
母との最後の時間を過ごすことができた。
母の誕生日を祝うシーンは滑稽だったが、
彼女は事実を知ることなく、「幸せ」に生きることができた。

でもこのかっこつき「幸せ」は嘘がばれなかったから。
嘘がばれた時、それまでの「幸せ」が虚構だったことに気づいてしまう。


「嘘はいけない」のではなく「嘘は不可能」
嘘の「幸せ」もその時は感じられるかもしれないが、
残念ながら持続不可能だということ。


いろいろ考えさせられたし、歴史的背景の勉強にもなったけれど、
娯楽として楽しめたかというと、そうでもない。
星4つ★★★★☆