2016年10月14日金曜日

リトアニア「原発」国民投票から4年

成田空港から12時間。

ヘルシンキを経由してリトアニアに降り立った。
首都のヴィルニスは世界遺産にも登録されている美しい街並み。
石畳の道を歩けばいたるところに歴史を感じる教会を目にすることができる。
しかし僕たちは、それらの観光に来たわけではない。

一緒にヴィルニス中を駆け回ったパートナーのどっきょ
今はアメリカで大統領選挙の取材をしている。
ヴィルニス大学の売店
石造り、石畳、石の文化。初めてのヨーロッパ

リトアニアで原発建設の是非を問う国民投票が行われることが決まり、市民グループ「みんなで決めよう「原発」国民投票」事務局長の今井一さんに声をかけて頂き、僕らは総勢9人で取材にやって来た。




そもそもどうして、国民投票が行われることになったのだろうか。
リトアニアには2つの方法がある。
一つは、30万人の署名を集めるという方法。
しかし、これは有権者の11%にも及ぶため、成立は非常に難しい。
もう一つは、国会議員4分の1が発議し、過半数の賛成を得た時。


今回は「リトアニア農民緑の同盟」という政党が、国民投票のための署名を集めたが30万人には達しなかった。そこで国会で他の政党にも呼びかけ、後者の方法で国民投票法が制定された。

リトアニアのほぼ全ての国会議員が原発賛成であり、2009年の世論調査では79%が「原発を安全に稼働させることが可能」と答えるほど、原発を前向きに考えていた。そこでラトビアとの国境の町、ヴィサギナスに新しい原発を建てるという計画が持ち上がったのだ。


リトアニアはエネルギーの65%を輸入に頼り、そのほとんどがロシアからである。


1990年にロシアから独立したものの、エネルギーに関しては依存状態が続いており、この現状をどうにかしたいという国民的感情がある。


実はリトアニアはかつてイグナリナ原発という原発を所有していた。
しかし、EUに加盟するにあたり、チェルノブイリ型(旧ソ連型)の原発の停止を求められ、現在は停止して、廃炉作業を行っている。

またロシアがリトアニアとの国境であるベラルーシのオストロベツと、ロシア領カリニングラードに原発を建てる計画をしている。もしリトアニアが原発を建てなくても、近くに原発が建つならば、自分たちで維持管理できる原発を持ちたいというのも、無理のない話である。しかし、去年の福島原発事故の後、原発への反対意見が大きくなり、議員は国民に「新規原発建設の是非」を問うことに合意せざるを得なかったのだ。



「今回の原発国民投票に賛成?反対?」
僕らは到着して程なく「今回、原発建設の是非について国民投票にかけることになりましたがあなたは、そのことに賛成ですか? 反対ですか?」というアンケートを取り始め、投票日の前日までに計523人から回答を得た。

国民投票に賛成が293人(56%) 反対が230人(44%)

賛成の主な理由は「大事なことなので、政府や議会が決めるのではなく、国民が直接決めたほうがいい。」
反対の主な理由は「国民投票は「衆愚」になる可能性が高い。」

「衆愚」には色々な捉え方があるが、これはリトアニア人の中で詭弁や感情論に誘導され、適切な判断能力がないと思っている人がいるということなのだろうか。それとも、皆が利己的な意思表示をするので、国や将来のためにならないということなのだろうか。

この回答に対する疑問をリトアニア人に聞いてみると、会社を経営するパーヴェルさん(26)は「情報がちゃんと開示されれば、市民はきちんと判断できる」と答えた。





今回の国民投票では、原発の建設によって電気代がいくらになるのか、放射能の影響はどうなのかなどが具体的に示されていなかった。原発を建設する利点と欠点がきちんと提示され議論にならなければ、適切な判断をすることは難しくなる。

つまりこの「衆愚になる可能性が高い」と答えた理由の一つには、「情報がきちんと開示されていない」という批判も含まれていると言うのだ。

リトアニア選挙管理委員会のポスター
「考えて、決めて、投票しよう」




「日本でも国民投票を!」
日本でも、法的拘束力を持たない諮問型の国民投票ならば、国会議員の過半数の賛成で行うことができる。しかし、日本では歴史上まだ一度も国民投票が行われたことがない。日本では国民投票をやらないのがフツウなのだ。この事実をリトアニア人に話すと「なんで!?」と驚かれる。その反応が僕にとって新鮮でとても面白かった。リトアニアは20年あまり前に独立してから既に11回も国民投票を行っている。憲法について、EUに加盟するか、そして原発について…「自分の国の大事な選択は自分たちで直接決める」これがフツウの国なのだ。ゲディミノ通りという、日本でいう表参道のようなオシャレな通りで、バイバという若い女性に話を聞いた。「政府は国民の声をただ聞こえているという状態ではなく、積極的に聞いて実行していかなければならない。そうしないと国民はその国を捨ててしまうかもしれないわ。」と話す。




投票の次の日、速報が発表された。最低投票率の50%を超え、新規建設反対が65%を占める結果となった。ホテルから見た駅前の様子や人は変わらない。でも人々の意識の中に「自分たちで原発についての方向性を決めた」という自負が芽生えているだろう。

ヴィルニス市 期日前投票所


日本ではどうか。「原発の方向性を私たちで決められているだろうか?」
日本で原発を動かしているのは政治家だ。しかし、事故が起きた時に被害を受けるのは政治家だけではない。誰のための原発か。誰のための政治家なのか。今まで通り政治家に任せっ放しではなく、リトアニアのように、国民が知識を得て、議論を重ねて、国民自らが決めて、そしてその責任を負う。この政治の原点に立ち返り、主権者である国民の直接投票で、原発の是非を決めるべきだと、僕は改めて強く思った。

街中で見つけた唯一のキャンペーン
賛成派のものはヴィルニス市内では見つけられなかった。


リトアニア「原発」国民投票
2012年10月14日
「私はリトアニア共和国における新たな原子力発電所の建設に賛成します」
投票率 52.58%
賛成  35.23%
反対  64.77%






「国民投票」というと、結果ばかりに注目が集まるが、その結果の裏には当然こういった一人ひとりが、いろいろな情報を吟味し、考え、議論をして、投票所に足を運んでいるのだ。



あれから4年。
リトアニアでは、まだ新しい原発を立てる計画は破棄されておらず、むしろ少しずつ進行している。2014年の政府合意で、中断していた計画が進行。2014年、国のエネルギーの約半分を担うガスの90%をロシアから輸入しており、それも他のEU諸国に比べて著しく高い値段で買わされている現状があり、リトアニアはロシアからの依存を断ち、自国でエネルギーをまかなえるようにするべきだという政府の方針からだ。現在、エストニア、ラトビア、ポーランドなどの近隣諸国と共同出資で開発を計画中。

それにしても日立は国民の65%が反対した原発を建てようとしていることに対して後ろめたい気持ちなどはないのだろうか。



追記: 10月28日

 【モスクワ共同】バルト3国の一つリトアニアの中央選管は23日、9日と23日の議会選(定数141)の結果、反原発を掲げる野党の農民・グリーン同盟が現在の1議席から54議席に大躍進し、第1党になったと発表した。
 リトアニアには日立製作所が事実上受注したビサギナス原発建設計画がある。だが2012年の国民投票で建設反対が6割を超え、14年には液化天然ガス基地を設けるなどエネルギー事情が大きく変わり計画は進んでいない。今回の議会選を受けて一層難しくなる可能性がある。
 農民・グリーン同盟は与党、社会民主党が中心となった政府の汚職や雇用政策を批判し、支持を集めた。

正直、これだけ劇的な変化が起きることは想像していなかったが、このようにきちんと民意が生かされるのはとても嬉しく思う。しかし、中日新聞以外はこのニュースを伝えていない気がするのだが、どなたか知っている人がいたら教えて欲しい。