2016年11月11日金曜日

沖縄から日本を見る。

ぼくにできることはあまりないけれど、それでも高江、辺野古に行きたくなる。
これで3回目になった。

いつも心の一部をそこに置いてくる気持ちでいる。
日本の抱える問題が凝縮されているのが沖縄。
ぼくは自然破壊も、人権侵害も、民主主義を尊重しない姿勢も、嫌だ。
だから高江と辺野古で活動している人を応援したくなるし、
そうでもしていないと落ち着いて日本で生きていけないというのもある。
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帰国して、一番最初にやって来たのは沖縄だった。それは私情もあったが、日本を離れている間、一番気になっていた場所でもあった。


僕は沖縄が好きだ。人も海も気候も食べ物も。でもこの沖縄をいつも100%楽しむことができない。それは沖縄戦や今も残る米軍基地の悲劇が頭をよぎってしまうからだ。

アイルランドで知り合った沖縄出身の友達に車を出してもらい、高江と辺野古を案内してもらった。彼女は報道は追っているそうだが、現場に行くのは初めてだと言う。

沖縄県東村高江は沖縄の北部にあり、やんばると呼ばれる沖縄でも自然が豊かな地域である。そこには広大な米軍の基地があり、その一部を返還する代わりに、新しいヘリパッドを建設するという計画がある。しかしそのヘリパッドを建設するにあたり、大規模な自然破壊や、周辺住民への新たな騒音、事故や緊急時の危険性などにつながるため、地元の方はもちろん、県内外から工事を止めるために、体を張って防いでいる。

基地建設を防ごうとする市民を強制排除する際、十分な説明もなく市民を排除するだけでなく、暴力や暴言などがあったことなどがニュースになっているし、記者までもが排除されるという事態は国境なき記者団からも「沖縄の報道の自由の危機」と警告を受けている。


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高江へ向う途中、北谷の米軍から返還された土地を案内してくれた。そこには自動車の販売店などの大きな店が連なっており、まだ建設中のところもあった。


「沖縄は米軍基地に依存している」と言うのは有名な嘘。基地が沖縄の足かせになっており、返還された土地では新たなビジネスが回っていく。

まずは高江に。

県道沿いの工事予定地に向かうメインゲートは通行止になっていた。
ダンプカーなど工事車両の搬入の邪魔を警戒しての警察の措置だ。
ジャケットには「愛知県警」と記されている。

今度は工事予定地の裏ゲートへ。

工事車両が入れないようにバリケードを張る市民。中に入るとテントでは「どこから来たの?」と暖かく迎えてくれた。テントを抜けてしばらくすると今度は警察と防衛局の職員が、さらに奥に進めないよう封鎖している。




何かの想いが込められた飾りだろうか。


テントに戻ると「今、高江で何が起きているのか」
ある男性が、ぼくらたった2人のために30分以上かけて説明してくださった。
「返還される場所は、すでに使っていない場所」
「面積は減るが、新たな負担が増える」
「高江の自然がいかに貴重で、取り返しのつかない自然破壊が行われている」
ということ。

那覇から、毎週水曜日と土曜日にバスが出ており、レンタカーをしなくても、バスを乗り継がなくても高江に行けるようです。

裏ゲートからメインゲートへ

メインゲートへ向かう道の交通規制は解除されていたが、メインゲート近くには駐車できないようになっている。少し手前に止めてそこからメインゲートへ。





テントにいた方の話を聞くと、水曜日と土曜日は一斉行動で300人ほど集まり、工事車両を止めることができるが、それ以外は人が少なく止めるのは難しいと言う。


次は辺野古へ。
埋め立てられてしまう計画がある辺野古の大浦湾







辺野古は今「埋め立て承認取り消し」裁判中で、
高江のヘリパッド建設に注力しているため、今は工事は行われていないが、
常時座り込みは続いている。


「不屈」
この言葉に込められた意味。瀬長亀次郎さんの言葉から引用されているとは知らなかった。次の日は「不屈館」へ。



ぼくを車で案内してくれた沖縄の友達は、初めて高江、辺野古を訪ねて、ぼくと一緒に話を聞き、資料をいくつももらっていった。そして「もっと勉強したい」と車の中で何度も言っていた。

ぼくももっと話そう、もっと書こう。
知らない人に罪はない、知ってしまった人が、
知らない人に届くように伝えなければならない。

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