2016年12月21日水曜日

憲法9条と私


最近、憲法9条について話をさせていただく機会をいただいたので、考えをまとめておきたい。

憲法9条(戦争の放棄)
1. 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2. 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

私の戦争の放棄と交戦権の否認。

個人的にはまず戦わない。
殺したくないし、殺されたくない。
誰の命も奪いたくないし、奪われたくもない。
「大切な人を守るために、誰かを殺す」なんて通らない。
殺された誰かを大切に思う人もいるのだから。

逃げられないなら、戦う。
武器や核兵器を持たずに。
ガンディーのように非暴力、不服従で。

憲法9条の条文は尊いと心から思う。でも残念ながら、その9条の条文に込められている精神は、もう現在には引き継がれていない。


自衛隊は違憲か?集団的自衛権は違憲か?
自衛隊は違憲だし、集団的自衛権も違憲である。立憲主義に反していると考えている。自衛隊を解散するか、集団的自衛権を停止する必要がある。

憲法9条が現状骨抜きになってしまっており、
憲法9条を持ちながら「自衛のため」と言いながら、
戦争が起こり得るのが現状だ。

とにかく国家の根幹である憲法の精神を、
少数の一時的な任期を得た議員のみで変更させるべきではない。

憲法を変えずに、現在の自衛隊は戦地の南スーダンに派遣されている。
自衛隊や集団的自衛権を保持するなら憲法を変えなければならない。


憲法9条を変えるべきか?
現状、集団的自衛権から手を引くことはできるとしても、
自衛隊を即刻、解散することは難しいだろう。

だから、個別的自衛のための戦力を保持する「自衛軍」を明記した憲法には変える必要があると私は考えている。そして「集団的自衛権は認めない。」と明記する。

その上で、現在保持している自衛隊は戦力として引き継ぎ、
日米地位協定を正常化し、沖縄への過重負担をやめ、最低でも県外に移転させる。



自民党の憲法改正草案について

第二章 安全保障
第9条(平和主義)
1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動としての戦争を放棄し、武力による威嚇及び武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては用いない。
2 前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない。

第9条の2(国防軍)
1 我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する。
2 国防軍は、前項の規定による任務を遂行する際は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。
3 国防軍は、第一項に規定する任務を遂行するための活動のほか、法律の定めるところにより、国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動及び公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動を行うことができる。
4 前2項に定めるもののほか、国防軍の組織、統制及び機密の保持に関する事項は、法律で定める。
5 国防軍に属する軍人その他の公務員がその職務の実施に伴う罪又は国防軍の機密に関する罪を犯した場合の裁判を行うため、法律の定めるところにより、国防軍に審判所を置く。この場合においては、被告人が裁判所へ上訴する権利は、保障されなければならない。 
第9条の3(領土等の保全等) 国は、主権と独立を守るため、国民と協力して、領土、領海及び領空を保全し、その資源を確保しなければならない。

「戦争の放棄」が「安全保障」に変わっている。
つまり「国民は、主権と独立を守るために領地を保全し、確保しなければならないとある。」領地を守るために、人に武器を向けるよりも逃げたい。その権利があるだろうか。

自民党の改憲案には賛成できないが、伊勢崎さんの提言する「新9条」や、井上達夫さんの言う「9条を廃止した上で、戦力統制規範を定めるべきだとする案」などをまずは複数の改正案を国民投票にかけ、その中で一番投票者の多かったものと、現行の9条を決選投票にかけるのが、1番民意に沿った憲法になる。

今、私は世界の国民投票の歴史をたどっているのだが、多くの国で憲法の制定の際には国民投票にかけられている(形式的なものもあるが、それでもやはり国民投票にかけられている)、日本では大日本帝国憲法も、日本国憲法ですら、国民投票にかけられていない。憲法を政治家のためのものではなく、まずは私たちのものにする必要があるのではないか。押し付け憲法かどうかと言う些末な議論ではなく、その中身について、私も含めて考え議論し、最終的に国民が決定する必要がある。


参考にこちらをどうぞ。