2016年12月23日金曜日

『国民投票の総て』クラウドファンディングスタート




昨年は「同性婚」の是非を問う国民投票が行われたアイルランドや、「EU離脱」の是非を問われたイギリスに滞在し、先月帰国しました。

そして現在、尊敬しているジャーナリストの今井一さんの下で、制作委員として『国民投票の総て』という本に関わらせてもらっています。すでに2480件以上も行われている国民投票から選りすぐった700件ほどをリスト化し、その中でさらに重要なものについては詳細に報告していきます。私は現地取材したスコットランドやイギリスの国民投票などについて執筆致します。

民主主義の制度のもとで、私たち一人ひとりには主権者として国や、地域の政治について決定権を持っています。その決定権がどれほど意識されているでしょうか。

私が思うのは選挙で選ばれただけの少数者が、国民の多数の意見に背いて立法を繰り返すような、そしてそんな議員を国民が許してしまうというのは、日本が間接民主制しか活用できていないからです。実質「選挙が唯一の参政権」「議員が民意」という状態です。

そしてもっと深刻なのは「私は賢くて、大衆はバカだ。」という発想。それは残念ながら議員にも、マスコミにも、社会派にも、保守派にも見られます。批判はもちろん必要ですが、「私は正しい。あなたたちはもっと勉強しろ、もしくは黙れ。」という発想。これは通りません。

国民投票は全員が一人一票を持ちます。あなたもあなたの友達も、意見の違う人も一票ずつ。選挙のように誰かに託すわけではなく、あなたが決定権を持ち、大衆の決定権も認める。今年は日本だけではなく、海外でも「EU離脱」「コロンビアの和平条約否決」「イタリアの憲法改正否決」、国民投票ではありませんが「トランプ当選」でもポピュリズムという言葉での「大衆批判」が目立ちました。なぜ大衆がそういう選択をしたのか、その理由を根本的に理解し、対案を示し説得もせずに「大衆はバカだ」と大衆の決定を批判するのは、ナンセンスです。「一人一票」で国民の一人ひとりの決定権を認められなければ民主主義を語る資格はありません。

日本では国政レベルで間接民主主義しか活用されていませんが、国民投票を通じて、直接民主主義も活用すべきです。しかし国民投票をすればいいというわけではありません、見本とすべき事例も、失敗と呼べる事例もあります。日本で初めて行われつつある国民投票を前に、世界の事例をこの本で紹介したいと思います。


そんなわけで現在、私の全ての時間と労力をかけて目下制作中の『国民投票の総て』のクラウドファンディングが始まりました。すでに私の友人を含めて19人の方に164,000円の支援をいただいております。どうもありがとうございます。支援してくださった方々、本が届くのをどうぞお楽しみに。

私たちは出版社を介さずに流通させようと思っています。そのため、金銭的な支援は難しいという方には、この投稿をシェアしてくださるだけでもとても大きな力になります。どうぞよろしくお願いいたします。

https://camp-fire.jp/projects/view/15563