2017年8月6日日曜日

8月6日。せめて今日だけ原爆について考えたい。

せめて今日だけは原爆について考えたい。

72年前の今日。

世界で初めて、原子力爆弾が落とされた。
人類だけではなく、他の生きとし生けるもの全ての無差別な破壊。そして後年にも大きな影響を及ぼす後遺症。知れば知るほど、原爆の被害は2度とあって欲しくないと強く思う。


しかし驚くことに日本は100ヶ国以上が参加している核兵器の開発、保有、使用を禁じる核兵器禁止条約に賛同していない。日本に原爆を落としたアメリカに配慮して、である。アメリカに守ってもらうために、原爆を許してもいいのだろうか。

核の抑止力は、「打たれたら、打ち返す」という戦略である。

それでは、いつまでたっても原爆の脅威はなくならない。

「打たれても、打ち返さない。私たちは原爆は2度と使わない。」

そういう覚悟がなければ。



原爆は過去の問題ではない。
今の問題である。
そしてこれからの問題である。

世界には原爆が1万数千発もあると言われている。抑止力を超えて威嚇のためにも使われている。

争いや交渉に核兵器を持ち出すなんて、なんて視野が狭いのだろうか。地球は大きいけれど、お互いに影響し合う運命共同体で核兵器を使うなんて、ただでさえ危うい人類の寿命も縮めてしまうことになる。


そうは言っても、核平気のない世界を恐る人がいるのが現実である。
でもどこかで勇気を出して核兵器を手放さなければ、
どこかの誰かのスイッチで、私たちの未来が脅かされ続けることになる。

まずは自分から、日本から、原爆に頼らない未来を歩みたい。



橋爪文さんという14歳の時に広島で被爆された女性から何度か話を聞かせていただいて、彼女の存在が僕の「原爆」について考えさせてくれる。今日もまた改めて彼女の本を読もうと思う。